ここでは過去にWIDEプロジェクトがメンバー向けに発信してきた主な活動報告をダイジェストでご紹介します。発信当時の内容に加え、新たな動きや状況の変化に応じて随時追記・更新していきます。
地球温暖化問題は近年、気候変動や自然災害という形で顕在化しています。カーボン・ニュートラルを実現するため、エネルギ―消費量の削減を資源の生産と利用の両面から図っていくことが地球規模で求められています。様々な指標や対策が講じられる中、WIDEプロジェクトではDXによる地球温暖化対応スマートインフラについて検討してきました。デジタル・サービス(コト)が物理的資源(モノ)からアンバンドル化された、新しい時代の社会インフラの構築と運用のあり方を議論しています。ここではその概要を紹介します。
温室効果ガスにはフロン、メタン、一酸化窒素も含まれるが、地球温暖化の最大の原因とされているのが、石油や石炭など化石燃料の燃焼によって排出される二酸化炭素(CO2)である。
2020年の統計によると日本の二酸化炭素排出量は世界第5位となっており、その多くが製造業をはじめとする産業活動や運輸(自動車輸送など)によるものである。日本が今の経済・産業活動を維持しながらカーボン・ニュートラルを実現するには、
(1)再生可能エネルギーによる総電力発電量の劇的な増加
(2)各産業セグメントの活動維持に必要なエネルギー量の削減(=効率化)
この2つを同時に実行することが不可欠である。
一つの指標となるのがEP100(Energy Productivity100%)の実現である。全産業セグメントにおいてEP-100を実現すれば、必要なエネルギー量は2分の1となる。その上で再生可能エネルギーの総量(一次エネルギー)を現在の2倍にすれば、必要とされる二次エネルギー(電力やガス、ガソリン、灯油など)を完全に再生可能エネルギーによって確保・提供可能との計算となる。
各業務セグメントでエネルギー消費量を削減、すなわちエネルギー生産効率の向上を図るための手法について考えてみると、次の3つに大別される。
(1)システムの構築時に新規に必要となるモノを削減する
(2)システムの運用時に必要となるエネルギー量を削減する(AS IS)
(3)システムの構築・運用に必要となるコストを削減する(TO BE)
以下に、この3つの目指すべき方針と具体例を挙げる。
● 新規に必要となるモノを過去に製造したモノで代替する
リサイクルやサーキュラーエコノミーと呼ばれる、既存資源や部品の再利用・再生利用である。例えば、アムステルダム・スタジアムでは競技場を電力グリッドとの連携地点とし、周辺の街への配電拠点かつ系統との電力デマンドレスポンス拠点とするとともに、競技場内に設置される大容量の蓄電池を災害時の非常用電源とする設計である。その蓄電池として、日産の電気自動車(EV)の中古蓄電池セルを用いている。
世界的に普及が進むEVは、大容量の分散型発電機であり蓄電池と捉えることができる。使用されていないEVが電力ネットワークに接続されていれば、デマンドレスポンス用の蓄電池資源となり得る。電力グリッドにとってEVは、モビリティー機能を持った大容量分散型蓄電池としての“新しい”利用可能性を持っているのである。
建築物においては、一つの建物の内装をつくり替えて何世代も使い続ける、スケルトン&インフィルと呼ばれるアーキテクチャがある。スケルトン(躯体)とインフィル(内装)を分離して考えることで資源を有効活用し廃棄物削減が可能となる。一方、トレーラーハウスやコンテナハウスといった移動可能な居住空間は、本来「不動産」である建物を移動させることで廃棄物を出すことなく再利用するものと捉えることができる。これらは蓄電池と計算機パワーを持ったEVとの連携も容易な建築物であり、特に竣工後の運用において地球温暖化ガス削減に寄与する。
● 新規に必要となるモノをシェアリングエコノミーによって削減する
従来の多くのサービスインフラは、サービスとそれを提供するために必要な物理資源がほぼ1対1にロックオンされた形態であった。サービス提供者による物理的資源の専用利用である。広義のデジタル化の導入によって、人類は、排他的な物理資源の専用利用ではなく、物理資源を複数のこれまで、物理資源の共有を行わなかったサービス提供者間で共用利用するシェアリングエコノミーを編み出し、実展開している。サービスという「コト」と、サービスを提供するための「モノ」のアンバンドル化である。物流におけるパレット・コンテナ、コンピュータネットワーク(インターネット)におけるIPパケットをその典型例として挙げることができる。
資源(Resource)の共用による効率的な有効利用は、資源量(=モノ)の削減だけではなく、資源を作成するために必要となるエネルギー量も削減することになるのである。
システムが消費するエネルギー量や廃棄物量は、賢い・無駄のない運用によって削減できる。対象となるシステムの状況を把握するデータを取得し、様々な試行錯誤(シミュレーション・エミュレーション)を行って適切な制御を図る。これを最近はデジタル・ツイン化と呼んでいる。デジタル・ツイン化されたシステムの運用・制御方法の検討・評価には既に人工知能の導入が進んでいる。
社会システムをデジタル・ファーストで設計・実装・運用することで、それまでのシステム構造とは根本的に異なる構造(not AS IS, but TO BE)を実現し、総合的・統合的・長期的に地球温室効果ガスの総量を削減するアプローチである。
デジタル化によってモノ(ハードウェア)とコト(ソフトウェア)がアンバンドル化することにより、コトはより温室効果ガス削減効果の高いモノを選択可能となる。複数・多数のコトが、共通のモノを共用するシェリングエコノミー型のインフラは、コトとモノのアンバンドルにより実現される、温室効果ガスの削減につながるインフラ構造と捉えることができる。
ところで、デジタル通信インフラの敷設・管理・運用コストは、電力の送配電インフラの敷設・管理・運用コストと比較して、2桁以上小さくなることが報告されている。コストの高いものは温室効果ガスの排出量も高いと言って良い。一般に、金銭的コストと地球温室効果ガスの排出量の両面において、『物理的モノの移動≫エネルギー(含電力)の移動≫デジタルビット(デジタル化されたモノとコト)の移動』という関係にあると言える。コロナ禍で普及した遠隔会議やクラウドコンピューティングなどは温室効果ガス削減効果も高いと言えよう。
ドイツのある企業では、社内のコンピューティングタスクを棚卸しした結果、80%のタスクは低遅延通信・高品質運用・最重要データ管理を必ずしも要求しない計算タスクであった。これらを国外の安価な再生可能エネルギーが利用できるスウェーデンやアイスランドに移すことで大幅な温室効果ガス削減につなげることに成功している。
日本に目を向けてみると、国内の鉄道や道路網、電力の配電網、光ファイバ網は地上面に2次元のリンクとノードで構成される固定的なトポロジー持ったインフラを敷設する。この2次元の固定的なトポロジーを持ったハードインフラの上を、列車や自動車あるいはデジタル小包が走り回る構造となっている。このような、面構成のインフラの敷設・運用・維持コストは非常に大きく、インフラのトポロジーの変更にも多大なコストを必要としてしまう(図-1)。しかし、航空や船舶、米国型の地域電力網のように、面ではなく点となる各拠点(ノード)が整備されたインフラでは物理資源量の削減を実現することができる。さらに、先述したEV電力網など、点が移動するインフラはより高い削減効果が見込める。
図-1 社会インフラの構成(面から点へ)
カーボン・ニュートラルを実現するスマートシティーの実現には、以下の4つを留意した設計・実装・運用を実現しなければならないとされている。
【WEF(World Economic Forum)G20 Smart City Allianceが提起する4つの留意点】
(1)Decarbonize
(2)Democratize
(3)Digitalize
(4)Demonstration
特に(2)Democratizeは、政府やインフラ事業者による Water-Fall型のPUSHシステムではなく、ユーザー主導のPULL型・Agile型のシステム構築・運用・維持を目指すというマルチステークホルダによるシステム統治が推奨・提起されている。
(3)Digitizeと(2)Democratizeは、これまでのStove& Pipe型のサイロ構造であった社会・産業システムを、プラットフォーム化すなわちDe-siloingすることを含む。データとソフトウェアが、ハードウェア(モノ)からアンバンドルされ、デジタルネットワークを介して、De-Siloされたデジタルビットが自由に移動可能なインフラに進化することを意味する。これに伴い、以前はデジタル空間に接続されることは想定することがなかったデバイス(Things)がインターネットに接続されることを前提にしたサイバーセキュリティーを実現しなければならなくなっている。政府も様々な取り組みを進めているが、サイバーセキュリティーは国が提供してくれるものではなく、自助を第1、共助を第2、そして公助が第3とならなければ健全なサイバーセキュリティーの実現とはならないことを共通認識としなければならない。サイバーセキュリティーはかつての環境汚染問題と同様、利益を蝕むコストと捉えられてきたが、社会産業活動の成長につながる投資であり、私益の追求が公益であるカーボン・ニュートラルの実現につながるという社会を目指さなければならない。
従来のDXは、基本的に①新機能・サービスによる利益率の高い新ビジネスの創成・創造と、②データを用いた効率化(=生産性の向上)を目指すものと考えられていた。しかし、“ちゃんとした”DXを行うと、同時に③カーボン・ニュートラル(=節電・省エネルギー)が実現されると共に、④堅牢性・BCP向上(含サイバーセキュリティーの向上)を実現することができる。図-2の右のように「オープン・デジタル・プラットフォーム」を構築・利用することで、4つの報酬を得ることが可能となる。
図-2 三方良しのネットワーク
このように、コンピュータネットワークとエネルギーシステムは、一体で設計・実装・構築・運用・維持される「デジタルを前提とした三方良し」を同時に1つのインフラストラクチャで実現するアーキテクチャに進化しなければならない。
【 2024年12月 】