WIDE

Founder挨拶

WIDE プロジェクト ファウンダー
村井 純
WIDE プロジェクト ファウンダー 村井 純

はじめに

AI前提社会の礎としてのWIDEプロジェクト

WIDEプロジェクトが、大規模かつ広域にわたる分散コンピューティング環境の構築を目指して産声を上げてから、40年の月日が流れた。この大きな節目において、我々は今、「AI前提社会」という新たな文明の転換点に立っている。

デジタルアーキテクチャの進化と「前提社会」の到来

かつてUNIXから始まった利用者を尊重した標準OSの環境は、コンピュータにおける共通基盤を定義した。続くWebの空間は、HTMLやブラウザベンダーの連携、そしてW3C等の標準化を通じてデジタルデータの分散と共有を可能にし、現代の人や社会のためのサービスアプリケーションが躍動するプラットフォームとなった。

こうした積み重ねにより、インターネットは名実ともに人類の基盤、すなわち「インターネット前提社会」の礎として機能し始めたのである。

ここで、象徴的なエピソードを一つ紹介したい。2025年に入学した大学生の多くは2007年生まれ、すなわち最初のスマートフォンが世に送り出された年に誕生した世代である。彼らに「タイムマシンでどの時代に行きたいか」と問うたところ、「インターネットのない時代に行ってみたい」と答えた学生がいたという。

生まれた時からネットワークが空気のように存在する彼らにとって、インターネットのない世界はもはや想像もつかない「異世界」だ。テクノロジーの発展とその普及の速度が、このように無意識の常識としての「前提時代」を形成していく。

AIが加速させる新たな地平とリスク

そして今、我々はインターネットに続き「AI」が前提となる時代を迎えようとしている。WIDEプロジェクトの研究者もデジタルアーキテクチャの専門集団として、2年前の夏ボード合宿を皮切りに、各ワーキンググループ等でAIに関する議論を活発化させてきた。

技術面における近年のAIの発展には目を見張るものがある。その核心と構造は、これまで我々が積み上げてきた技術の集大成にほかならない。膨大なデジタルデータの分析、そしてそこから生成されたモデルによる推論処理は、あらゆる領域における新たな貢献となる。

しかし、光が強まれば影もまた濃くなる。ウクライナ侵攻や中東での紛争が示す通り、インターネットを前提としたサイバー戦争の領域は拡大し、サイバー犯罪の多様性やインパクトも深刻化している。

WIDEプロジェクトが取り組んできた「大規模広域分散処理環境」は、今やこのAI前提社会を支えるアーキテクチャそのものである。急増する計算・通信リソースへの期待に応えることはもとより、AIの悪用(Abuse)やリスクに対峙する新たなサイバーセキュリティの確立、さらには気象、環境、医療、防災といった地球規模の課題解決に向け、我々の守備範囲はかつてないほどに広がっている。

地球全体を見据えたネットワークの展開

学術組織の一員として、政策、ルール形成、教育、そして外交といった分野での活動も益々重要性を増している。国際的な研究教育ネットワーク(REN)におけるWIDEの立ち位置は、ARENA-PACやSOI Asiaを通じて、アジア太平洋全域、さらには欧州、アフリカ、南米へと、文字通り「地球全体」を見据えたプロジェクト運用として軌道に乗った。

40年の歩みと感謝

「大規模広域分散環境の構築」という一貫したテーマのもと、40年もの長きにわたり活動を継続できたことには理由がある。それは、分散されたコンピュータ資源がいかに人類の文明形成に貢献できるかという本質を見つめ、産業界のリーダー、志を同じくする研究者、そして次代を担う学生たちが、常に真剣に議論し合える「場」を維持してきたからにほかならない。

この歩みを支えてくださっているメンバーの皆様、そして多大なるご支援を継続いただいているスポンサーの方々に、ファウンダーとして心より感謝する。

AIが前提となる未来において、我々のデジタルアーキテクチャがどのような豊かさを社会にもたらすことができるか。本報告書が、その一歩を記す重要な記録となることを願っている。

2026年3月