WIDE

Founder挨拶

WIDE プロジェクト ファウンダー
村井 純
WIDE プロジェクト ファウンダー 村井 純

ごあいさつ

WIDEプロジェクトが取り組んできた、インターネット、コンピュータサイエンス、情報サービス、デジタル社会、そして、デジタルテクノロジーの社会展開、これらのすべてにおいて、2020年は歴史的で長い一年となった。

まず第一に、年初にCovid-19の猛威が襲ってきたときに、ワークフロムホーム、学校の閉鎖、外出自粛、すべての社会活動がインターネット環境を利用して行われた。心のなかでは、「間に合っていてよかった」と感じていた。急激に変化するインターネットトラフィックのパターンも気になっていた。しかしインフラ面、FTTHやモバイルはしっかりと機能したと考えている。WIDEプロジェクトが取り組んだ30余年の歴史で、特にメンバーが取り組んできたこの国のインターネット構築と情報環境の整備が前提となり、このクリティカルな状況を乗り越えることに貢献したことは、WIDEプロジェクトとしても冷静に分析をして、今後の研究活動への学びとしつつ、慎ましく誇るべきことだと考えている。

一方、社会の中では、「デジタル敗戦」と揶揄され、他国と比較して行政サービスがパンデミックの非常時にオンライン上で、また、デジタルデータを利用したエビデンスベースの対応がとれなかったことが指摘された。グローバルパンデミックの状況下では、他国の状況と比較される。インフラ整備と利活用。この2つのテーマは2000年に我が国が「高度情報通信社会」として推進してきたIT政策の重要な2つの役割だった。WIDEが主として活動してきたインターネットインフラの発展が順調に推移する中、利活用、特に、行政サービスでの進展は確かに鈍かったことは否めない。

WIDEの歴史の中で2000年からの私自身のIT政策への関与は、WIDEプロジェクトにとって十分でなかったかもしれない。ような気がする。IETFからIAB、WIPOとの協業のIAHC(Internet Ad-Hoc Committee)への参加、ICANNの設立などに参加する中、最初の10年は、正直に言ってWIDEの中からは「一人旅」だった。そんな中で関心をもってくれたWIDEの仲間たちが少しずつ増えてきた。IPv6の標準化と普及に果敢に取り組んだitojunこと萩野純一郎は、いつもIPv6の社会展開と貢献を相談しに来ていた。サイバーセキュリティの課題に政府内部から挑戦した山口英は、本年のデジタル庁に直結する内閣での政策の中心人物としてその役割を切り開いた。

20年経って、我が国のデジタル政策は大きく変革することになった。今度は私の一人旅どころか、大勢のWIDEプロジェクトの中心人物が計画の中核を担っている。新しいデジタル社会を推進するのは、2021年WIDEプロジェクトの大きな役割と責任となる。

2020年には、NSFのTransPACの更改、グアムにおける新しい太平洋のインターネットエクスチェンジであるGOREXの運用開始など、WIDEをとりまく国際学術ネットワークの環境も大きく飛躍する。そのなかで、WIDEプロジェクトが2020年に主導を開始したARENA-PACプロジェクトは、WIDEが担ってきた国際学術ネットワークプロジェクトのまったく新しい発展をすることになった。

個人的には2020年3月に30年間取り組んできた「SFCプロジェクト」、すなわち、環境情報学部の職を定年退職した。SFCでの挑戦はWIDEプロジェクトの研究成果のひとつでもある。WIDEプロジェクトとともにSFCを通じての活動を理解していただき支援していただいたことに心から感謝をしたい。慶應義塾からは大学雇用としての教授職をいただいた。2021年度からの未来に、これまでWIDEプロジェクトに参加していただいた方々と未来の構築を進めることをお願いしてご挨拶としたい。

2021年3月
WIDEプロジェクトファウンダー
村井純