WIDE

代表挨拶

WIDE プロジェクト代表
江﨑 浩
WIDE プロジェクト代表 江﨑 浩

インターネットは、ディジタル技術を用いてすべてのコンピュータを相互接続することで、ディジタル情報が透明に通信・交換・分析・加工されるプラットフォームを、国境を越えグローバルに形成することに成功しました。これは、単なるディジタル空間ではなく、多様なこれまで、相互接続されることがなかった個別のディジタル空間が、自律分散的に結合されたサイバー空間です。特に、この相互接続は、恣意的な制限(検閲やブロッキング)が適用されない透明(Transparent)に行われるべきであるということを重要な要求条件であるとしてきました。当初のインターネットは、大きな複数の研究者で共有されたコンピュータ(=計算機という表現の方が感覚的にも合致する)の相互接続のネットワークからスタートしましたが、半導体技術の発展・進化ともに、持ち歩き可能(Hand-held/Lap-Top/Perm-Top)、さらに埋め込みすら可能な小さなIT機器まで、インターネットに参加するデジタル機器となりました。これを、人々は、Internet of Things(IoT)と呼んでいます。

このIoTの世界は、WIDEプロジェクトが1990年後半から注力した次世代のインターネットプロトコルとされたIPv6の研究開発と普及にあたって描いたビジョンそのものです。IPv4では、すべてのデジタル機器を“透明に(Transparent)”に相互接続するためには、その識別子(=Identifier=IPアドレス)の数が不足していて、十分に大きな識別子の空間が必要である。この次世代のインターネットプロトコルは、地球上のすべての人、すべての産業、そして、すべてのデジタル機器を、“透明に(Transparent)”に相互接続させることで、これまで、存在していない創造的なサービスが創生・実現されるというビジョンです。そこには、通信の秘匿性を担保するというある意味思想的な理由だけではなく、純粋に技術的な背景として、「規模性(scalability)」の観点がありました。なぜ、『“透明な(Transparent)”インフラストラクチャーにするのか?』。それは、継続的に接続されるデジタル機器の数が増加し、かつ、その物理的な空間も拡張されることを考えると、単純な手続きによるデジタル情報の転送でないと、IPパケットの転送能力の容量(Capacity)に関する技術的な制限が発生してしまうという技術的な観点・考察があったからだと認識しています。つまり、インターネットの遺伝子が持つ、『“透明性(Transparency)”』は、インターネットが持続的に発展するというSDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)を実現するための、重要な要求条件の1つであると考えていましたし、現在でも、『“透明性(Transparency)”』は、インターネットの持続的な発展にとって、技術的観点から非常に重要な要求条件であると考えられるのではないでしょうか。

WIDEプロジェクトにおけるWIDEインターネットを構成する機器の「Hand-Made化」は、2010年に開催したWIDEボート夏合宿での議論の結果として着手されました。この頃は、仮想化マシン(VM: Virtual Machine)の技術が注目され、その研究開発が注目されだした頃にあたります。この研究開発活動は、具体的な研究課題は変化していますが、持続的に継続・継承され、最近では、「ホワイト・ボックス」の研究開発活動へと引き継がれていると捉えることができるでしょう。Hand-Madeでは、自分で適切なハードウェアを選択し(自作も場合によっては含む)、そのハードウェアを利用するソフトウェアも自作するということになります。Operating Systemをその研究開発活動・課題の源泉とするWIDEプロジェクトにおいては、Hand-Madeの議論・設計において、常に、抽象化・汎用性の観点を持ちながらHand-Madeの研究開発に取り組んでいると考えています。その結果、本質的には、IoTの分野でも、高性能ルータ・スイッチ・NFVの分野においても、共通の技術的観点を持ちながら、しかし、異なった技術的制約条件での解法を求めて研究開発活動を行っています。具体的には、IoTとクラウドシステムにおいては、本質的には同じことが起こっています。ハードウェアの違いを吸収する(=抽象化する)プラットフォームが提供され、ハードウェアの違いがあっても、同じソフトウェアの利用を可能とし、その結果、ソフトウェアとハードウェアを組み合わせて実現・提供しようとしていた「機能(=Function)」を、任意のハードウェア上で実現し、さらに、その「機能」が、インターネット上を自由に移動可能な環境を提供しようというものです。IoTの“Things”(=モノ)は、もともと、組み込みデバイスのようなコンピュータのような高性能のIT機器あるいは大きなIT機器ではないIT機器を指していましたが、コンピュータ/計算機を含むすべての物理的なIT機器を“Things”と解釈すれば、IoTが、IoF(Internet of Functions)に進化しようとしていると捉えるべきだと考えています。ハードウェアの抽象化によって、ソフトウェア(=機能)は、処理能力などの技術的な要求条件を無視すれば、ハードウェア(=モノ)に非依存にすることが可能となった。つまり、IoTは、Internet ofソフトウェア(=機能)、すなわち、IoF(Internet of “Functions”)へと進化しつつあるのではないでしょうか。このように考えれば、サーバシステムのクラウド化、モバイルシステム(特に5Gシステム)におけるNFV(Network Functional Virtualization)、ガラ携のスマホ化は、すべて、IoTからIoFへの進化の過程なのではないでしょうか。

インターネットの遺伝子は、独自の技術で閉じたエコシステムを形成し排他性を持ったサイロを、共通の技術を用いてしかも“透明に(Transparent)”相互接続させ、1つのシステムにする。さらに、それまでは、物理的なコンピュータ(IT機器)が、地球上を物理的に移動し、自由にインターネットに接続可能にするというシステム形態でしたが、現在は、物理的なIT機器という制約が解消され、機能(=ソフトウェアで定義されたFunction)が、地球を覆いつくすサイバー空間上の自由に移動し、サイバー空間上のすべてのソフトウェアモジュールと“透明に(Transparent)”通信可能になろうとしているのです。その結果、これまでのインターネットシステムが実現してきた、「各個人・各組織の自律的投資が、インターネットの成長に貢献し、インターネットの成長が各個人・各組織へのサービスの向上に繋がるというポジティブなスパイラル構造を持ったOne for All, All for One型のソーシャル・エコシステム」が、さらに低コストで形成され、発展可能な環境へと進化しつつあるのです。

この「相互接続性」という遺伝子は、コンピュータの相互接続網の実現から、Society 5.0でも示されている「すべての社会・産業システムの相互接続統合網の実現」へとその「生存機械のターゲット」を拡大しつつあります。インターネットの遺伝子にとって最大の対立遺伝子は、「サイロ化」「ブロック化」であり、国家による保護主義的な政策との摩擦を発生させる場合が少なくなく、共存のための対話が重要となります。さらに、国を含むすべての組織間(これをマルチステークホルダと呼ぶ)での自由な情報およびソフトウェアモジュールの流通の実現と各自律システムが様々なインシデントに対して生き残るために必要なサイバーセキュリティの実現が、インターネットの遺伝子が生き残るために重要で必要な要件となってくることになります。これが、Society 5.0の次の段階として、我が国が国際的なリーダーシップを発揮し、貢献しなければならない方向性でると考えます。現在、企業において起こっているConnected Organizationを、企業だけではなく、すべての組織の壁を越えて実現するという方向性になります。サイバー空間上に存在する全ての構成員が、外界の個人や組織と双方向で対話することで、迅速で正確な製品・サービスの企画・生産・提供を可能にするという方向性です。企業においては、Connected Organizationの実現によって、これまでのベンダー主導のPUSH型サプライチェーンを、ユーザ主導のPULL型デマンドチェーンにトランスフォームしようとしています。潜在的なユーザ要求が、リアルタイムに収集・共有・解析され、適切な機能を持った適切な量のサービスがユーザに提供され、付加価値の高いものを適量生産するバリュー・クリエーション・チェーンの実現です。さらに、このようなは、バリュー・クリエーション・チェーンの実現は、結果として必要な物理資源とエネルギー量の削減を実現し、地球環境問題へも貢献することができます。まさに、SDGsの実現に資するシステムのトランスフォーメーションであり、インターネット遺伝子が実現する「マルチプル・ペイオフ」を実現する「シェアリングエコノミに―」の事例です。プラットフォームが利用可能な物理媒体からアンバンドルされ、さらに、プラットフォームを利用するアプリケーションがプラットフォームにロックオンされずに(これを、Un-Wire-ingと呼ぶこともできるでしょう)アンバンドル化されることで、一つのプラットフォームが多様な異なるアプリケーションを収容可能にすることで、プラットフォームの共有(シェアリング)とプラットフォームへの投資の共有(マルチプル・ペイオフ)、さらに、機能のサイバー空間上での自由な移動が実現されることになります。すなわち、プラットフォームのアプリケーションに対する透明性と中立性、さらに移動可能性を持つことで、汎用性と持続性を持ったシェアリング・エコノミー型の効率的なシステムを形成することができるのです。このようなプラットドームは、錨(Anchor)によって物理的に移動できない状況から、錨を巻き取り自由に船が航行するという意味での、Un-Wire-ing、母港からの船出とみることができるのではないでしょうか。

このように、インターネットの遺伝子に新たに組み込まれた「Un-Wire-ing」という機能は、より効率的な(ある意味破壊的な)マルチプル・ペイオフのプラットフォームを実現することになります。すなわち、すべてのインターネットのユーザが、自由に新しいサービスを提供する機会(Opportunity)を提供するマルチプル・ペイオフの環境の新たな覚醒なのです。「Un-Wire-ing」によって、例えば、グーグルやフェイスブックのようなハイパースケール企業はホワイトボックス型のIT機器の研究開発などを実現させました。これは、人類最初のディジタルの発明品である、『言葉』、『文字』、そして『貨幣』にも共通する性質です。今、仮想通貨に代表される『貨幣のディジタル性』の本格的な覚醒は、出版やレコード業界などのコンテンツ業界におけるデジタル革命と同じような革命であると捉えることができるのではないでしょうか。一見、まったく異なる革命に見える「ホワイトボックス化」と「貨幣のデジタル化」は、本質的には、ともに、「Un-Wire-ing」遺伝子の発現(覚醒)と捉えることができるのではないでしょうか。つまり、『プログラム(=コード)』の発明は、機能・サービスのハードウェアからの解放(非依存)を実現しました。その結果、機能・サービスは、迅速にアップデート・変更可能となり、専用ハードが急速に不要になりつつあり、迅速かつ容易に必要なところにサービスの物理的な出口を低コストで生成・消滅させることが可能となりつつあるのです。いわゆる、ソフトウェア・デファインド・インフラストラクチャです。そして、この段階においては、インターネットの遺伝子を意識したサイバー空間での迅速なシステム設計や意思決定、さらに戦略的かつ適切なルールの形成が必要となるのです。

第5期科学技術基本計画で打ち出されたSociety 5.0に続く第6期の科学技術基本計画のビジョン形成に向けた議論が、2019年に起動されました。新しい科学技術基本計画の策定にあたって、WIDEプロジェクトとして、インターネットの存在と進化を前提にした社会インフラの高度化とスマート化を推進するに資するビジョンと具体的な施策を提案しなければなりません。インターネットが社会に広く普及し、商用のインターネットサービスが展開されている中、インターネットの「トラスト(Trust)」品質の向上が重要課題として、グローバルインターネットコミュニティーによって認識されています。インターネットが一般化し産業・社会活動の基盤となったために、政府がインターネットのコントロールをナショナルセキュリティーという観点・理由から強化しようとしています。この動きは、中国、ロシアなどだけではなく、世界全体での傾向となりつつあるように見えます。このような観点からも、グローバルな研究開発ネットワークを自身で設計・実装・構築・運用するという知見と経験を産みだし創生する環境の維持と発展の重要性を強く確認し、メンバー組織のみなさんと共有しているWIDEプロジェクトの責任を再認識しなければならないのではないでしょうか。

WIDEプロジェクトは、メンバー組織の皆様との産学連携コンソーシアムとして運用されています。企業における「目的基礎研究」でもなく、独創性・独自性を要求する「純粋基礎研究」でもない、「実践的基礎・応用研究」の環境を提供することで、従来の研究組織にない成果を創出してきました。さらに、常に、「グローバル」な視点で、システム全体と個別システムを捉える。これは、WIDEプロジェクト特有のプロジェクト統治モデルであり、「遺伝子」だと考えていますし、今後もこの「遺伝子」を維持・発展、そして進化させなければならないと考えています。

これまでのWIDEプロジェクトの活動にご参画ならびにご支援いただきましたすべての皆様方、組織の方々に感謝と敬意を表しますとともに、ますますのご参画・ご協力・ご指導・ご鞭撻をお願い申し上げます。皆様方との協力・連携を礎として、新領域の開拓と安心・安全を実現するグローバルな社会インフラの実現に向けた協調活動の拡大を皆様と推進できることを期待しております。

2020年3月
江﨑 浩