ここでは過去にWIDEプロジェクトがメンバー向けに発信してきた主な活動報告をダイジェストでご紹介します。発信当時の内容に加え、新たな動きや状況の変化に応じて随時追記・更新していきます。
WIDEプロジェクトから生まれた、AI3プロジェクト(https://www.ai3.net/)およびSOI Asiaプロジェクト(https://www.soi.asia/)では本報告書の7部(参考_AI3-SOIassia.pdf)に記載したように、衛星インターネットによるREN(Research and Educational Network)の運用と、大学間での教育連携に取り組んできた。アジア各地のパートナー組織と長期にわたって活動を継続してきた背景には、RENの運用を支える人材の育成と、コミュニティの構築がポイントであった。
2016年にバンドンで開催されたAI3/SOI Asia定例合同会議では、「RENsをアジアにおける大学と研究機関のインフラとして認識する事、全てのステークホルダーに未来の知識や知恵のためにRENとの相互関係への協力を求める」という宣言が採択され現在に至るまでの活動の根幹となっている。これに基づき、本年度よりSOI Asiaプロジェクトの活動としてAPIE(Asia Pacific Internet Engineer)プログラム(https://apie.soi.asia/)をスタートさせた。
本稿では、APIEプログラムの全体像と、現在開講にむけて準備中のコース内容について報告する。
これまで、AI3プロジェクトとSOI Asiaプロジェクトでは、インフラとなるネットワークの運用と、そのインフラ上での大学間連携を持続的に継続するためにオペレーター人材の育成に力を入れてきた。2002年からワークショップを開催するだけでなく、2006年には仮想環境を使い複数拠点に分散しても機器をつかった実習ができるオンラインでのワークショップ(「インターネットを用いた高等教育, 2004年度WIDE報告書, p20-p21, 2005」「インターネットを用いた高等教育, 2011年度WIDE報告書, p32-p33, 2012)を開始するなどエンジニアや研究者の育成に取り組んできた。またインターンシッププログラムを実施し、アジア地域の学生を、SFCや企業で受け入れ将来のキャリアにも繋がるプログラムを提供してきた。
2021年、WIDEプロジェクトが新たにARENA-PACの運用をスタートし、AI3プロジェクトでは慶応大学湘南藤沢キャンパス(以下SFC)の衛星インターネット用の地球局の運用を終了した。AI3プロジェクトは、今後HAPSやLEO等の様々なNTNを駆使した次世代のインフラの構築を目指す予定である。このARENA-PAC/SARENA-PACの運用やその上での教育・研究活動は、これまでのモデルを踏襲し、大学を中心としたRENコミュニティが担う事となっており、RENコミュニティに参加する研究者やオペレーターの継続的な育成が必要となっている。
本プログラムでは、地域のRENコミュニティの需要に対応すべく、学ぶ意欲を持った誰もが、「いつでも」「どこでも」学習し次世代のインターネット人材への第一歩を踏み出せる学習環境を提供して、アジア太平洋地域において次世代のインターネットを支える人材の輩出とオペレーターのコミュニティであるREN活動の活性化を目的とする。
最終ゴールは、ネットワークエンジニアや研究者のような専門家人材の育成であるが、同時に裾野を広げる事にも取り組む。近年、学生の興味分野がAIやモバイル技術、IoTなど多様化する傾向にあり、ネットワーク技術特に、コモディティ化したインフラのオペレーションに対する興味は低下傾向にある。その一方でIT人材の不足が取り沙汰されており、経済産業省によると我が国では2030年に少なく見積もっても16.4万人のIT人材が不足すると予測されている(https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/houkokusyo.pdf)。人材不足は世界的傾向であり、特に今後も急速にインターネット人口が増加を続ける見込みであるアジア地域では、ネットワークの拡大に伴う人材不足への対応は急務である。本プログラムを通じ、インターネット技術の基礎だけでなく、インターネットの設計哲学、インターネットを支える大切さ、またそれを発展させていくことに貢献するようなキャリアパスを紹介することで、興味を持つ学生数を増やすことも本プログラム持つ重要な目的である。
APIEプログラムは、未経験の大学学部生レベルでも参加できるカリキュラム構成とし、インターネット技術を学びたい全ての人を対象とするオープンな取組である。
ただし2022年春からスタートする、パイロット版プログラムではSOI Asiaプロジェクトのパートナー大学の所属学生をターゲットとする事とし、その後実施状況をフィードバックしたバージョンを一般公開する予定である。
APIEプログラムは、SOI Asiaプロジェクト主体となって実施し、SOI Asiaパートナー大学やAI3プロジェクトとの連携により運営される。また、WIDE プロジェクト、AITAC、APNICがパートナーとしてプログラム開発と運営に参加している。
WIDEプロジェクトは、研究者やRENオペレーターが講師として本プログラムに参加する。また、将来的にはインターンシッププログラムで学生を受け入れる。将来的には、WIDEプロジェクトが運用するARENA-PAC/SARENAPACのオペレーションに、本プログラムを修了した学生が携わる等、RENを基盤とした教育や研究活動における連携を予定している。
一般社団法人高度ITアーキテクト育成協議AITAC(Advanced IT Architect Human Resource Development Council)は、IT技術を理解して既存のワークフローとIT技術導入の設計融合を指揮できる「アーキテクト人材」の育成を目的としている。対面での集中講義やe-learningコンテンツの提供を通して、ソフトウェアと仮想化技術を最大限に活用しサービスとネットワークを構築できる教育プログラム提供している。
AITACは、APIEプログラム全体の内容を監修するとともに、オンライン講義コンテンツやVirtual Labでの実習プログラムの開発、グループワークを取り入れた実践的な演習コンテンツ、企業連携や講師派遣などの支援を含め、全面協力をいただいている。
APNIC(Asia Pacific Network Information Centre)は、IPアドレスの割り当てと管理業務を行う地域レジストリである。長年にわたって、APNIC Academyを通してオンラインで学習できるコンテンツの提供、特にIPv6を前提とした実践的な講義や演習を通してインターネットの運用に携わる人材の育成に取り組んでいる。
APIEプログラムは、APNIC Academy上で公開されている講義コンテンツやバーチャルラボを、プログラムの一部として活用する。将来的には、APIE独自コンテンツもAPNIC Academy上でも提供していく予定であり、相互にコンテンツの充実、学習者の把握などについて協力する予定である。
図1にAPIEプログラムの実施体制を示す。APIEプログラムの意思決定は、Curriculum Committeeが行う。初期のCurriculum Committeeには、AI3/SOI Asiaパートナー大学、APNIC Academy、AITAC、WIDEプロジェクトから本プログラムの実施を支援するメンバーが参加する。Advisorsは定期的にCurriculum Committeeからプログラム全体の進捗について説明を受け必要なアドバイスを行う。初期のメンバーとして、本プログラムを資金面で支援するAPNIC Foundation代表者、アジア太平洋地域からインターネットの殿堂入りをしSOI Asiaプロジェクトを推進してきたメンバー、SOI Asiaプロジェクトのディレクターを予定している。Project leadはプロジェクト全体の日常的なオペレーションとプロジェクトマネジメントを担当する。Program Officeは、外部からの問い合わせ等の事務局業務を担当する。Lecturersは講義や実習を担当する講師、Internship partnersはインターンシップを受け入れる企業などが該当する。
図1 実施体制図
図2にAPIEプログラムのコンポーネントを示す。APIEプログラムは「APIE ONLINE」、「APIE E-WORKSHOP」、「APIE CAMP」、「APIE INTERNSHIP」の4つのコンポーネントにより構成される。
学習者は、それぞれのコンポーネントを修了すると、SOI Asiaプロジェクトより修了証(サーティフィケート)が授与される予定である。
図2 APIEプログラムのコンポーネント
APIE ONLINEは、オンラインで「いつでも」、「どこからでも」学習する事ができる、オンデマンド型のe-learningコンテンツである。2021年度のパイロットプログラムでは、APIE ONLINEは3つのコースをFutureLearn(https://www.futurelearn.com/)のプラットフォームを通じて提供予定である。2022年4月以降にコース1から順次公開され、学習者は後述のAPIE E-WORKSHOPでのブレンデッドラーニングセッションに参加しながら、各コースコンテンツを学習する。
Course 1は、インターネットについて理解する入り口として設計されたコースである。前提知識のない学習者が4週間のコースを通してインターネットの歴史から、TCP/IPによる通信の概要、ウェブやインターネット上のアプリケーション間の通信の仕組み、IETFにおける技術の標準化、ICANNにおける資源管理までインターネットの全体像を把握する。本コースを通して、学習者はインターネットがどのようにして成り立っているのか、どのようにオペレーションされているのか、そしてそのガバナンスがどうなっているのかを理解しサイバースペースの市民としての役割を認識することを目的とする。表1にCourse 1の学習内容の概要を示す。
表1 Course 1学習内容(暫定版)
Course 2は、「Operation」がテーマのコースである。自宅の小さなネットワークから企業や大学のエンタープライズネットワークまで、様々なサイズのネットワークにおいてネットワークエンジニアとして、インターネットのオペレーションに携わる事を念頭において設計されている。表2にCourse 2における学習内容を示す。本コースでは、プロトコルやコミュニケーションモデルと言った座学だけでなく、VLANやSTPといったLayer 2におけるネットワーク構築時に必要な技術や、BGPやOSPFといったLayer 3におけるルーティングプロトコルを学ぶだけでなく、バーチャルラボでスイッチやルーターを実際に設定し実践的なスキルの習得を目指す。これらの学習を通して、インターネットのオペレーションに携わるグローバルなオペレーターコミュニティに参加するために必要なスキルを習得する。
表2 Course 2学習内容(暫定版)
Course 3は、「Engineering」がテーマとなっており、インターネットがエンジニアリングによりどのように安全で信頼性の高い基盤となっているのかについて学習する。信頼性の高いネットワークを構築するためのSPOF(Single Point Of Failure)の考え方と冗長化、また近年発達するクラウドコンピューティングやネットワークの仮想化技術、SDN、NFVに関して学ぶ。また、現在の最先端データセンターやエンタープライズネットワークでの、自動化されたオペレーションがどのようにデザインされまた実際に利用されているのかを事例で学び、その一部を演習で体験する。表3にCourse 3における学習内容を示す。
表3 Course 3学習内容(暫定版)
APIE E-WORKSHOPは、隔週で実施されるオンラインワークショップである。APIE ONLINEで非同期学習する学習者が、オンラインで同期学習するブレンデッドラーニングを意図した設計となっている。よって、本E-WORKSHOPは、APIE ONLINEの学習時に同時履修することが望ましい。図3に示すスケジュールのように、2021年度のパイロットプログラムでは、SOI Asiaパートナー大学からの参加者は、APIE ONLINEと同時にAPIEE-WORKSHOPを並行して受講する。APIE ONLINEの各コース間では、学習者がコース内容に関する自主的な復習や疑問点の解決ができるよう2週間程度のインターバルを開けている。このインターバル期間もE-WORKSHOPは継続して実施され、コース全体の振り返りや次のコースに関する紹介や環境構築などの受講準備を支援する。
図3 APIEプログラムのコンポーネント
補習だけでなくコミュニティ形成も重要な役割となっておりE-WORKSHOPでは、他の学習者とのインタラクションを重視し、学習者間のラーニングコミュニティ構築を目指す。ハンズオンなどで学習者同士の教えあいや議論を通じて、自然にコミュニティが形成し、後続のコンポーネントAPIE CAMPでのグループワークにつなげる。
APIE E-WORKSHOPでは、講義内容とリンクしたハンズオンやディスカッションだけでなく、学生の最大の興味分野でもあるキャリアパスに関するゲストレクチャーを取り入れる。第一線で活躍するネットワークオペレーターが、仕事のやりがいや、業務内容等について紹介する。また、ネットワーク技術の開発や標準化に携わる研究者の講演を通して、スキルを身につけた後に、研究者としてどのような展望が開けるのかについても知る機会を提供する。こうした、キャリアに関するセッションには、前述のように学生のインターネット分野への興味関心が低下傾向にある中で、学習者が自分の将来を想像しやすいよう若手を中心としたゲスト講演者を招聘する予定である。
APIE CAMPは、前述のAPIE ONLINEとAPIE E-WORKSHOPの2つのコンポーネントを修了した学習者のみ参加可能な対面学習のコンポーネントである。プログラムによって異なるが最低5日間程度で、ネットワークの設計から構築までグループワーク課題に取り組む。学習者は、演習課題が要求するスペックを満たすネットワークやその運用に必要な監視システムをグループで設計・構築する。演習用で用いる技術は、他のコンポーネントで学習した物に限定せず、グループ内での議論し要求事項を満たす技術を選定し決定する。設計したネットワークは、実際のルーターやスイッチもしくはクラウド上のリソースを用いて構築や監視システムまで全て学習者だけで作業をおこなう。
最終日に実施する成果発表会において、構築したネットワークについてその設計や実装方法に関するプレゼンテーションと質疑応答を行い、必要とされるトポロジー図の作図や全体のスケジュール管理などプロジェクト進行に必要な知識とスキルが養われる。
新型コロナウイルス感染拡大が続いている状況下では、オンラインでの実施となるが将来的には、クラウド上の仮想環境だけでなく実際の機器の設置設定やデータセンターの見学など対面での実施やハイブリッド化を予定している。
APIE CAMPでのグループワークの実施時には、異なる国や大学からの学習者が混じり合った混成チームとなるよう配慮し、アジア太平洋地域における次世代のネットワークエンジニア交流が進むよう考慮する。
APIE INTERNSHIPは、APIE CAMPを修了した学習者が、アジア太平洋地域の各地でインターンシップ体験を体験する。2021年12月現在では新型コロナウイルス感染拡大による入国制限で国をまたいだ移動が困難なため実施方法については今後検討する。
中長期間の企業への派遣だけでなく、大規模な国際会議におけるネットワーク構築チームへの数週間の参加など短期のインターンシップも実施予定である。日本での受け入れ体制として、WIDEプロジェクトの関連企業などとの連携を図っていきたいと考えている。
本稿執筆時点では、パイロットプログラムの開講に向けたコンテンツの制作中である。2022年春にはパイロットプログラムを開講し、その評価を行った上で、持続的なプログラムとして実施できる体制を構築する。
リンク:
Understanding the Internetコースは、現在Futurelearn (https://www.futurelearn.com/courses/understanding-the-internet)にて一般公開されています。
2021年度 WIDEプロジェクト研究報告書「第9部 特集9 APIE:Asia Pacific Internet Engineerプログラムにおける人材育成」
https://www.wide.ad.jp/About/report/pdf2021/part09.html
【 2023年3月 】