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ここでは過去にWIDEプロジェクトがメンバー向けに発信してきた主な活動報告をダイジェストでご紹介します。発信当時の内容に加え、新たな動きや状況の変化に応じて随時追記・更新していきます。

#01 ARENA-PAC
Arterial Research and Educational Network in AsiaPacific
研究教育を目的としたアジア太平洋地域の広帯域バックボーン

ARENA-PACは、アジア太平洋地域のインターネットの発展を期して敷設された国際海底ケーブル網による、研究教育を目的とした広帯域バックボーンネットワークです。WIDEプロジェクトは2020年からARENA-PACの運用に主体的に携わるとともに、今後ARENA-PACを活用した研究教育プロジェクトに参画・協力していく計画です。ここでは、ARENA-PAC誕生の背景となったアジア太平洋地域のインターネット発展の軌跡を振り返り、今後WIDEプロジェクトが目指す取り組みについてご紹介します。

1. 国際的ネットワークの起源

日本のインターネットの起こりは1984年に開始したダイアルアップベースのJUNETに遡る。このJUNETの研究グループが元となって生まれたWIDEプロジェクトは、リアルタイムにパケット交換をする、大規模で広域に渡る分散処理環境の研究を目指してスタートした。

プロジェクトの初期の課題は、グローバル空間を実現するネットワークの国際接続であった。接続に用いる国際回線は高価で、リソースの確保には常に工夫を要した。産学の様々な研究機関の協力のもと試行錯誤しながら、米国ネットワークとの電子メール・電子掲示板の相互接続にこぎつけていった。

1989年に敷設されたハワイ経由のデジタル同軸回線海底ケーブルTPC3の総容量は(たった)280Mbpsであった。これを用いて64Kbpsのインターネット接続を実現した。この時はこれが「夢の国際大量データを伝送するリアルタイム高速インターネット」である。当時のパソコンのLANが10Mbpsだったことを考えると、科学研究コミュニティの需要をいかに満足させていなかったかが分かる。

こうした中WIDEプロジェクトは、当時シンクタンクSRIに拠点を置いていたSRI-NIC(Network Information Center)を通じて、番号や名前の資源の分散管理に関する世界で初めての分散型NICの実験運用を行う。これにより言語やルールの多様性がインターネットの運用にも導入されることとなった。

日本での分散資源管理は、この頃東京大学に在籍していたWIDEプロジェクト創設者・村井純の研究室でプロジェクトの運用の一環として行われ、やがてJPNICとして法人化し、順調な成果を上げた。

さらに、このJPNICの運用モデルをアジア太平洋全体に広げるため、各国を結ぶ上位機構としてAPNICを東京に設立した。その後APNICは法人化を目指し、域内での外国人雇用や非営利団体関連の法規の調査を行い、その結果オーストラリアでの法人化となった。

以降、アジア太平洋地域のインターネットは関係各国の産業・学術領域を巻き込みながら相互接続を進め、今日に至るまで発展を遂げてきた。WIDEプロジェクトも、東南アジア諸国の大学を結ぶAI3プロジェクト、米国ワシントン大学を拠点とするPacific Wave、ハワイ大学を拠点としたPIRENプロジェクト、グアムの交換拠点GOREXなどと関わり、太平洋のネットワーク網構築に携わってきた。そして2020年に誕生したのがARENA-PACである。

2. ARENA-PACの使命

ARENA-PACは、APIDTにより長期使用契約された海底ケーブル網に加え、他の研究教育ネットワークとの相互接続などにより、ARENA-PACの名前が示すようにアジア太平洋地域に広がる「動脈(Artery)」とも言える広域大容量バックボーンネットワークを目指している(図1)。当初は100Gbpsの通信帯域をベースに計画されるが、将来は回線増強や他の研究教育ネットワークとの連携・相互接続により200Gbpsや400Gbpsといったさらなる大容量のバックボーンネットワークへと拡張されていくことも期待される。

ARENA-PACは当面、次の3つの使命を果たしていく。
1 AI3などのパートナーを中心とした域内インフラの発展を目指す。
2 GOREXへの参加により、米国と新しい太平洋トポロジーの運用と発展を推進する。
3 アジア太平洋地域が他の地域とグローバルに接続するためのAsia Pacific Rimへの使命。

WIDEプロジェクトは、これまで取り組んできた広域分散ネットワーク運用の知見を生かし、このARENA-PACのネットワーク運用に参画する。

WIDEがこれまで参加してきた、AI3やAPR、TransPAC、PIRENなどの国際学術研究ネットワークに、より積極的に、かつ、永続的に関わるためのプロジェクトとなる。資金源がファンドとなるので、国の予算や企業の寄付を保管する財務モデルとなり、関係する学術研究ネットワークに多様性をもたらすことも期待できる。

ARENA-PACのバックボーンネットワーク構想

図1 ARENA-PACのバックボーンネットワーク構想
https://arena-pac.netより引用)

3. 他地域との接続に向けて

ARENA-PACの運用を通じ、これまで会議体でのみ連携してきたグローバルな学術研究ネットワークとより積極的に関わっていくことが、WIDEプロジェクトの新たな使命となった。

ヨーロッパでいえば、EUとアジア太平洋の接続は南回り、ロシアケーブルがある。南回りはシンガポールや香港を拠点として、EUの各国と接続されている。これのコーディネーションを担っているのがTEINのASI@NETである。また、EUはNIIによるロシア越しの陸上ケーブルを用いた回線がある。これはEUとの最短距離となるが、陸路であるため価格や保守などの課題もある。これに加えて、北欧のRENであるNORDUnetは、ARENA-PACやNIIなどの学術研究ネットワークを担う組織とともに、未来を切り開く北極ルートによってアジア太平洋との連携を模索している。

また、2020年の関連報道として、7月にチリとオーストラリアをつなぐケーブルの計画に、日本企業を含めたコンソーシアムが採択された件が挙げられる。この際の競合の候補は、中国ファーウェイ・マリーン社でその陸揚げ対地は上海だったと言われている。採択が決定すると、陸揚げはニュージーランドのオークランドかシドニーとなり、JGAを介した日本との接続性が確保できる。このように、どことどこがつながるのか、新しい接続はどのように完成するのかがより重要となる。チリには、国立天文台のアルマ望遠鏡が標高5千メートルのアタカマ砂漠にあり、66台からなる集合型の電波望遠鏡の心臓部も日本のスーパーコンピュータ技術が担っている。光ファイバーのネットワークは、このデータを加盟している22カ国をはじめとする世界の天文・宇宙科学者が参加できる研究基盤の重要な動脈となる。

4. 海底ケーブル網と衛星通信の相互運用技術

ARENA-PACの運用を従前からWIDEプロジェクトが行ってきた活動と連携させることで、新たな発展が期待できる。

一例としてAI3/SOI-ASIAプロジェクトがある。AI3は、1995年に始まった、東南アジア諸国の大学を衛星回線でつなぐプロジェクトである。東南アジア諸国のインターネットの多くはAI3によってスタートした。この基盤で大学連携を進めるWIDEプロジェクトのサブブロジェクトがSOI-ASIAである。WIDE プロジェクトは長年に渡り、このAI3/SOI-ASIAプロジェクトで、衛星通信技術を用いたアジア太平洋地域への教育コンテンツ配信や災害時のインターネットアクセス技術を開発・運用・提供してきた。

ARENA-PACは海をまたいだ大容量通信を実現するものであるが、光ファイバ網が発展途上の地域のデジタルインクルージョンや災害時の通信においては、衛星通信が必要不可欠であると考えられる。そこで、ARENA-PACとAI3/SOI-ASIAの連携により、海底ケーブルを用いた広帯域バックボーンと衛星通信の相互運用を実現する技術の研究開発を進める。これにより、広域にサービスを提供する国際的な研究教育ネットワークの構築を目指す。

このように、WIDEプロジェクトはARENA-PACの運用を通じて今後も国際的なインターネットの発展に貢献していく。

リンク:
2020年度 WIDEプロジェクト研究報告書「第1部 特集1 アジア太平洋インターネット基盤の構築と運用」
https://www.wide.ad.jp/About/report/pdf2020/part01.html

【 2021年6月 】