ここでは過去にWIDEプロジェクトがメンバー向けに発信してきた主な活動報告をダイジェストでご紹介します。発信当時の内容に加え、新たな動きや状況の変化に応じて随時追記・更新していきます。
インターネットは1980年代前半に基本プロトコルであるTCP/IPの仕様が発行されて以来、多様な技術開発の基盤として産業や社会を支えてきました。近年ではクラウドコンピューティングや移動通信システムの進歩により、インターネットアーキテクチャそのものの刷新が求められるようになっています。そこでWIDEプロジェクトでは、次世代自立分散システムとしてのインターネットアーキテクチャについて議論するRe-Arch(Internet Re-Architecting)を進めています。
インターネットの普及に伴い、産業界においてもインターネット技術の研究開発が活発に行われている。仮想化技術を基礎としたクラウドコンピューティングや移動通信システムの発展により、計算機資源やデータ、通信端末が動的に移動するようになっている。また、通信への要求も多様化している。これに伴い、ネットワークもより動的かつ柔軟に制御する必要が生じ、結果としてソフトウェアによるネットワーク制御技術が発展してきた。しかし、多くのソフトウェア制御技術は、インターネット上にオーバーレイネットワークとして実装されるか、単一の管理ドメインで適用されることが前提となっており、インターネットの特徴である自律分散システム上において管理ドメインをまたいで実装・適用することは依然として困難である。そのため、管理ドメイン間のインターネット基盤の運用技術は柔軟性に欠き、BGPSecやBGP Flowspecなどの一部の拡張を除き、大きく進展していない。例えば、通信品質要求に対する動的な資源制御や運用の自動化など、単一管理ドメインでは導入されつつある機能が管理ドメイン間では実現できず、オーバーレイネットワークなどにより代替されることが多い。また、管理ドメイン境界の運用は、ドメイン間で異なる運用ポリシーに対して柔軟に対応するために属人化しがちであり、宣言的なネットワーク設計や運用自動化などの技術も導入が困難であるという課題もある。
WIDE Projectでは、2014年度に新たな地球規模の分散環境としてWIDE DESiGN(WIDE Design of Environment for Services for Innovation of the Global Network)の議論を行った。この活動の延長線で、オペレーティングシステム(OS: Operating System)やデータフローコンピューティングのアーキテクチャの研究活動および議論を継続して行ってきた。Re-Arch(Internet Re-Architecting)では、この議論を踏襲しながら、データリンク層が多様化し、仮想化・ソフトウェア制御時代のインターネットアーキテクチャを再考している。
インターネットアーキテクチャを再考するにあたり、具体的には、次の3つの技術的背景がある。
Wi-Fi6や5Gなど、高速大容量の無線通信システムが普及し、また、低軌道(LEO: Low Earth Orbit)衛星通信などのNon-Terrestrial Network(NTN)技術も新しい物理層・データリンク層として注目されている。物理層やデータリンク層の通信技術は多様化し、IPを支える技術はますますヘテロになってきている。そのヘテロな通信ネットワークを効率的に制御するために、柔軟かつ動的に通信を制御する技術が研究されている。また、データリンク層の多様化に伴い、IPとのレイヤ間協調技術の重要性が増している。
仮想化技術の発展により、Software Defined Networking(SDN)やネットワーク機能仮想化(NFV: Network Function Virtualization)などソフトウェアによるネットワーク制御が実ネットワークに広く展開されており、ネットワーク資源に対して柔軟かつ動的な制御を可能にしている。また近年では、OpenFlowのような専用プロトコルを扱うネットワークプロセッサではなく、EthernetやIPを処理する汎用ネットワークプロセッサを搭載したネットワーク機器をLinuxオペレーティングシステムから管理・制御するNetwork Operating System(NOS)が開発され、大規模なデータセンタネットワークなどで利用されている。このように、ネットワークの制御やパケットの処理を柔軟かつ動的に変更できる(プログラムできる)ようになりつつある。
こうした仮想化技術では、ネットワーク資源や計算資源が抽象化され、実ネットワークに展開されている。しかし、特に複数の管理ドメイン間において、その制御技術は未だ確立していない。
コンピュータシステムにおいて、ハードウェアの抽象化と資源管理はOSが担ってきた。同様に、インターネット全体を大きな分散コンピュータシステムと考えると、計算機資源とネットワーク資源を協調して制御する技術、つまりOSにあたる機能が必要であると考える。
AR/VRやクラウドゲーミングなどの高精細度映像に対してインタラクティブに操作するアプリケーションの登場や、移動通信システムの低遅延化に伴い、通信の伝搬遅延削減を目的として端末に近い場所に計算機資源を配置するエッジコンピューティングも注目されている。また、ネットワーク内で計算を行うin-network computingという研究分野も議論が進んでいる。
Active Networkのように計算とネットワークを一体で考える研究は長く行われてきた。一方で、インターネットはエンドツーエンド原則を採用しており、“Dumb network with smart end-hosts”という言葉に代表されるように、ネットワークには単純な機能のみを実装し、高度な機能は端末(エンドホスト)に実装することで規模対応性のある通信アーキテクチャを実現してきた。この原則は現在のインターネットにおいても継承されている。しかし、実際には、TCP最適化装置やFirewall、透過プロキシによるマルチメディアファイルの動的変換など、様々なミドルボックスと呼ばれる中間装置が導入されている。これらのミドルボックスはエンドホストからは透過的に見えるように導入されてきたが、エッジコンピューティングやin-network computingではエッジの計算機資源となるエンドホストの選択や適切な機能にルーティングするための通信路の制御が必要となる。また、in-network computingに適用可能なトランスポート層プロトコルが存在しないことも課題として挙げられている。
このように計算機資源の局所性を考慮したネットワーク制御やIP層の高機能化により、トランスポート層の考え方も従来のエンドツーエンド原則に従う部分と拡張が必要な部分が存在している。その中で、ネットワーク資源と計算資源やデータをひとつのコンピュータシステムと考えた場合、ミドルボックスなどを含めたレイヤー構造を再検討し、将来のトランスポート層プロトコルの設計をすることが重要であると考える。
Re-Archの課題は多岐に渡るが、2021年度〜2022年度はトランスポート層の課題に着目し、その分析と再設計に取り組んだ。2022年にはIRTF PANRG(Path Aware Networking Research Group)でドラフトを発表した。本ドラフトは、トランスポート層を分析・再設計する上で、既に広く普及しているまたは今後展開が検討されているミドルボックスやエッジコンピューティング、in-network computingのような計算・通信パラダイムに着目し、トランスポート層の機能を整理したものである。
我々は、これらの計算・通信パラダイムにおけるトランスポート層の担う機能について分析・整理し、図-1のようにデータパス層とデータフロー層に分離するアーキテクチャを提案した。
発表を通じて、過去の取り組みについても参考にするとよいというコメントがあったため、現在は過去の取り組みを調査している。今後は、その調査結果を元にドラフトを改訂し、PANRGを中心に議論を進めていく予定である。
図-1 データパス層とデータフロー層の分離提案
なおWIDEプロジェクトでは現在、研究教育基盤として運営している大規模広域ネットワーク「WIDEインターネット」の再設計を進めており、NTTコミュニケーションズ大手町データセンター本館から別館への移転に伴って設計を大幅に変更している。更新後はRe-Archをはじめ様々な研究教育活動への活用が期待できる。
【 2023年7月 】