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ここでは過去にWIDEプロジェクトがメンバー向けに発信してきた主な活動報告をダイジェストでご紹介します。発信当時の内容に加え、新たな動きや状況の変化に応じて随時追記・更新していきます。

#04 AQUA
Quantum Internet AQUA
(Advancing Quantum Architecture)
1. AQUAとは

AQUAワーキンググループ(以下、AQUA)では、量子コンピューティングと量子通信のシステムに関する研究を行っています。その活動は、ムーアの法則が限界に達した後の情報処理技術の長期的発展に貢献します。

次代を担う技術と期待される量子情報処理システムにも、既存のコンピューティングや通信システムの知見を応用可能です。AQUAは既存のコンピュータアーキテクチャ、ネットワーキング、分散処理技術を応用することで、量子情報処理システムが抱えるスケーラビリティの問題を解決することに主眼を置いています。

2. 活動の狙い

AQUAが目指しているのは量子技術の実用化です。トランジスタの小型化が極まりITそのものが進歩の限界に近づいている中、新たな計算能力を実現するべく取り組んでいます。

主に今日のコンピュータアーキテクチャ、ネットワーク、分散システムといった既知の技術を、量子システムのスケーラビリティの問題に適用することで、実社会での量子技術の活用を推進します。コンピューティングシステムを構築する物理技術は、これまでにも増して、今後数十年の間に劇的に変化していくことでしょう。

こうした研究を進める一方、計算技術を進化させる原理や計算の基礎となる物理を学生世代に伝えることも狙いとしており、技術革新の立役者となるであろう新世代の応用物理学者や電気工学者のキャリア形成を支援しています。

ここでは、2020年度 WIDEプロジェクト研究報告書「第3部 特集3: Quantum Internet AQUA(Advancing Quantum Architecture)Annual Report 2021」から活動内容を紹介します。

リンク:
2020年度 WIDEプロジェクト研究報告書「第3部 特集3 Quantum Internet AQUA(Advancing Quantum Architecture)Annual Report 2021」
https://www.wide.ad.jp/About/report/pdf2020/part03.html

3. AQUAの活動テーマ

AQUAは2020年、研究領域を大幅に広げると共により重要度の高い研究を担うようになりました。
現在、我々は次の4領域に分けて活動を進めています。

  • ● 量子コンピューティング
  • ● 量子インターネット
  • ● 量子コミュニティ
  • ● 量子教育

このうち量子インターネットの主な活動としては、Internet Research Task Force(IRTF)の一部である量子インターネット研究会(QIRG)での継続的なリーダーシップ、量子インターネットシミュレーションパッケージ(QuISP)のオープンソースソフトウェアリリース、慶應義塾大学SFC研究所の研究コンソーシアムである量子インターネットタスクフォース(QITF)の正式設立に参加し、我々が関東で計画している量子インターネットのテストベッドへの資金提供機関として機能すること、などが挙げられます。

本年度(2020年度)は、この量子インターネットの活動を中心に報告します。

リンク:
慶應義塾大学SFC研究所「先進的量子アーキテクチャ研究グループ」
https://aqua.sfc.wide.ad.jp/

4. 量子インターネットの意義と現在の研究課題

量子インターネットは、我々の世界をより安全にし、センサーの感度と精度を向上させ、多数の量子コンピュータがデータ連携し協調して問題を解決するのを支援します。柔軟性と機能性を向上させるためのテストベッドネットワークが、オランダやアメリカ、日本、そして世界中で構築あるいは構想されています。

現在のインターネットは、古典物理学の情報技術によるインターネットとも呼ばれ、離れた場所にある古典(デジタル)コンピュータ同士を接続し、データや計算サービスを共有するものです。計算サービスはますますバーチャル化が進んでいますが、黎明期にARPANETの開発が進められた理由の一つはメインフレーム(後にスーパーコンピュータ)へのアクセスでした。メインフレームは、多数のユーザに共用されて初めて経済的に成り立つ高価な計算資源でした。

量子コンピュータも同じ理論的根拠に基づいています。複数の量子コンピュータの能力を組み合わせ、その素晴らしい機能を共有することは特に魅力的です。ただし、量子コンピュータは現在の古典インターネットを利用して互いに接続することはできません。量子コンピュータ同士が通信し、量子データを共有するためには、量子データ専用の「量子インターネット」が必要になります。

技術面からいえば、量子インターネットの真の目的は量子もつれを作り出すことです。2つ以上の量子(電子や光子、あるいは同様の特性を示す何十もの自然界や人工的なシステム)は、特殊な方法で相互作用させることにより、互いに「もつれ」させることができます。その量子的なもつれはたとえ離れた場所に移動しても維持され、そのペアの一方を測定するともう一方も距離に関係なく瞬時にその影響を受けます。

量子もつれの最もエキゾチックな利用法は、センサーの感度と精度を向上させることでしょう。高精度なセンシングは、我々のGPSシステム、石油探査などの地質調査、多くの電波アンテナを用いた高解像度電波望遠鏡の基礎を形成しています。興味深いことに、重力波の観測装置として有名なLIGOでは、すでにレーザーを使って特殊な量子状態を作り出しています。

しかし、最大の成果は、最も分かりやすい使い方で得られるかもしれません。量子インターネットが実現すれば、複数の量子コンピュータを、最初は1つの研究所内で、最終的には地球上の至る所で接続することができるようになります。離れた場所にある量子コンピュータ間に量子もつれを作ることで、1台の量子コンピュータよりも大きなプログラムを実行することができます。また、従来のクラウドコンピューティングよりも安全なクラウド量子計算を可能とします。

今日、量子コンピュータは研究室から飛び出し、材料科学、化学、金融、AIなどの問題解決を目指して、競争力のある産業となりつつあります。スタンドアローンのコンピュータは、ネットワークに接続されたものよりも使い勝手が悪いものです。将来的に、我々はそれらのコンピュータをつなぎ合わせ、第二次量子革命の次の段階を始動させます。

我々の研究は、量子ネットワークと量子ネットワークアーキテクチャの長年の先行研究の上に成り立っています。ネットワーク設計の主要な問題にはほぼすべて触れていますが、設計の選択肢は継続的に進化していくでしょう。従って我々の全体的なゴールは、将来性を持ち、柔軟性のあるアーキテクチャを構築し、将来に渡る無限のイノベーションを可能にすることです。

5. 量子インターネット研究組織の動向

● 量子インターネットタスクフォース(QITF)

2019年5月、日本における量子インターネットの実現に向けた組織「量子インターネットタスクフォース(QITF)」が、永山翔太(WIDEプロジェクト量子計算ワーキンググループCo-chair)を代表として発足しました。QITFは関東圏における量子中継機テストベッドの開発に注力し、物理学の実験室から、最終的には商業市場への技術投入を支援します。

QITFは2020年7月、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの研究コンソーシアムとして正式に認められ、研究資金を受け入れることができる、公式の組織となりました。QITFはWIDEプロジェクトと同様に、メンバー個々の既存・新規プロジェクトを活用するとともに、大規模な資金を獲得してテストベッドネットワークの整備を支援することを中間目標としています。この重要な取り組みには数年を要し、拠点間のダークファイバーの使用や大量の実験用インフラのカスタム構築が必要となります。

QITFは、個々のデバイスの理論・実験物理学、それらのデバイスを用いた量子中継器の設計、量子エラー訂正、量子情報理論、応用分野である量子インターネット(特に量子鍵配送)、ネットワークアーキテクチャ、ネットワークプロトコル、ネットワークアプリケーションをカバーしており、それぞれが能力をフルに発揮することで、プロジェクト全体の成功を目指します。

リンク:
量子インターネットタスクフォース(QITF : Quantum Internet Task Force)
https://qitf.org/

● 量子インターネット研究会(QIRG)

我々は最も広範な研究会の一つである「量子インターネット研究会(QIRG)」でリーダーシップを発揮しています。QIRGは量子インターネットのアーキテクチャや最終的なプロトコルについてコンセンサスを得るための重要なフォーラムとなるだけでなく、IETFやIRTFを通じてインターネットシステムやアーキテクチャの専門家に量子インターネットに関する教育を施す機会としても機能しています。この研究会は、IETFやIRTFが蓄積してきたネットワーク設計や運用のノウハウを量子インターネットに活用することにもなり、その意味でも非常に重要です。

QIRGは、Stephanie Wehner(TU Delft)がRodney Van Meterに設立を持ちかけたことから始まりました。RodはAllison Mankin(当時のIRTF議長)に連絡し、Allisonはこのアイデアに熱意を示してくれました。2018年3月21日にIETF101ロンドンで開催されたIRTF(Internet Research Task Force)オープンミーティングでQIRGの研究ビジョンが発表されて以来、会議を重ね、オンラインを含め多くの参画者が集まっています。QIRGメーリングリストはIRTFの他のメーリングリストと同様に誰でも参加できるようになっています。

この活動の中でデルフト工科大学のWojciech Kozlowskiは、「量子インターネットのためのアーキテクチャ原理(Architectural Principles for a Quantum Internet)」と題するインターネットドラフトの執筆を主導しています。

このインターネットドラフトの要旨は以下の通りです。

量子インターネットのビジョンは、地球上の任意の2点間の量子通信を可能にすることで、インターネット技術を根本的に強化することである。この目標を達成するためには、量子もつれの基本的な新しい特性を考慮した量子ネットワークスタックを一から構築する必要がある。しかし、量子ネットワークをどのように構成し、利用し、管理するかについては、実用的な提案がなされていない。この文書では、量子インターネットのフレームワークと基本的なアーキテクチャの原理を紹介する。これは、一般的なガイダンスや一般的な興味を目的としているが、物理学者とネットワークの専門家の間で議論するための基礎となるものでもある。

このドラフトには、Rodney Van Meterと永山翔太が共著者として参加しています。その他にも、「量子インターネットのアプリケーションとユースケース」と題するインターネットドラフトを執筆中です。また、リンク層の設計に関する、量子中継器のテストベッドを開発しているTU Delftからのインターネットドラフトもあります。また、量子中継器ネットワークにおけるコネクション確立に関するインターネットドラフトも進めていく予定です。

リンク:
量子インターネット研究会(QIRG : Quantum Internet Research Group)
https://datatracker.ietf.org/group/qirg/about/

6. QuISP: 量子インターネットシミュレーションパッケージ

AQUAの大きな活動成果の一つが、量子インターネットシミュレーションパッケージ「QuISP」です。2020年4月5日にオープンソースソフトウェアとして公開され、githubでバージョン管理・配布されています。ライセンスは3-Clause BSD Licenseです。

QuISPは、量子中継器ネットワークのイベント駆動型シミュレータで、来るべき量子インターネットの究極の基盤となるものです。QuISPの目標は、それぞれ最大100ノードからなる最大100個のネットワークで構成される完全な量子インターネットをシミュレーションすることです。物理層をできるだけ現実的にモデル化した上で、複雑で不均一なネットワークのプロトコル設計と創発的な動作を可能とすることに焦点を合わせています。

2020年度 WIDEプロジェクト研究報告書「第3部 特集3 Quantum Internet AQUA(Advancing Quantum Architecture)Annual Report 2021」では、この3点について詳しく説明しています。

  • ● QuISPソフトウェアパッケージのREADME
  • ● 量子ルータソフトウェアアーキテクチャ(QRSA)
  • ● QuISPハッカソン

リンク:
2020年度 WIDEプロジェクト研究報告書「第3部 特集3 Quantum Internet AQUA(Advancing Quantum Architecture)Annual Report 2021」
https://www.wide.ad.jp/About/report/pdf2020/part03.html

7. 現研究の焦点(2021)

AQUAの量子インターネット研究は、アーキテクチャやプロトコルなど幅広いテーマを扱っています。現時点での最も重要な焦点は、グラフ状態と呼ばれる特殊な量子状態の、量子中継器ネットワークにおける生成と利用です。

具体的には次の研究を進めています。

  • ● 量子リピータのグラフ状態
  • ● マルチパーティグラフ状態
  • ● 2Gリピータシミュレーション
  • ● 量子ネットワークセキュリティ
  • ● 量子状態トモグラフィーがネットワーク運用に与える影響
  • ● コネクション確立の方法
  • ● アプリケーションの分析
8. #QuantumNative:次世代を育むオンライン教育・研究

数年前から、デジタルネイティブという言葉がよく使われるようになりました。

"デジタルネイティブ デジタル技術の時代に生まれ育ったため、幼い頃からコンピュータやインターネットに慣れ親しんでいる人。"
Apple Dictionary 2.2.1, 2014

同様に、量子ネイティブを定義することができます。

量子テクノロジー時代に生まれ育ったため、幼い頃から量子コンピュータに親しんできた人。アルゴリズムを初めて本格的に研究する際に、古典コンピュータのアルゴリズムと併用するか否かに関わらず、量子アルゴリズムに関わった人。

我々はこうした人々を指す「#QuantumNative」というハッシュタグを使用しています。AQUAワーキンググループの重要な目標は、量子ネイティブの才能を見出し、育成することです。

量子アルゴリズム開発の思考プロセスは、古典的アルゴリズムとは大きく異なるため、将来の量子プログラマができるだけ早い段階で量子の概念に触れられることが重要だと考えています。WIDEプロジェクトのメンバーであるRodney Van Meterは、数年前から大学1年生という特に若い学生を指導してきましたが、2020年にはその教育対象範囲を大幅に広げました。

● FutureLearn MOOC

2017年10月、WIDEプロジェクトメンバーのRodney Van Meterと佐藤貴彦は、同じくWIDEプロジェクトメンバーの大川恵子と協力して「Understanding Quantum Computers」(UQC)という学習コースをオンライン化しました(大規模オンラインオープンコース:MOOC)。このコースは、FutureLearnというプラットフォームを通じて提供されました。

2020年における本MOOCの最大の進化は、インドネシア語の字幕と記事の翻訳を導入し、英語、日本語、タイ語、インドネシア語の合計4言語としたことです。また、多くのMOOCプラットフォームは、教授やその他の専門家による1時間の講義で構成され、多くが講義室で録画された動画を配信するだけの分かりやすさや魅力もない受動的なものですが、FutureLearnは、受講生のために、インタラクティブ性と、音声や映像の高いプロダクションバリューを重視しています。

FutureLearnは以下の3ステップで進めます。

  • 1. ストーリーを伝える
  • 2. 会話を誘発する
  • 3. 進歩を祝う

各ラーニングステップは10分程度を目安にしています。教材は、ビデオ、テキストと画像付きの記事やクイズ、2種類の外部教材など、様々なタイプを用いました。また、FutureLearnの掲示板では動画や画像のアップロードができないため、動画や画像がアップロードできる別サイトと連携しています。また、一部の概念を説明するために、3Dプリント可能なオブジェクトの計画も盛り込みました。

リンク:
「量子コンピュータの理解」(UQC : Understanding Quantum Computers)
https://www.futurelearn.com/courses/intro-to-quantum-computing

● オンライン実験

MOOCに加えて、受講生は現在、様々なアーキテクチャや機能を持つ複数の超伝導量子コンピューティングシステムにWebを通じてアクセスすることができます。WIDEプロジェクトのメンバーの中には、慶應義塾大学量子計算機センター(KQCC)のメンバーとして最高の環境を使って論文を発表している人もいます。

● Q-LEAP教育

2020年秋、文部科学省Q-LEAP事務局は、日本の大学向けのオンライン量子情報カリキュラムの開発を行うため、NIIの根本香絵教授率いるグループと6年間の大型契約を結びました。Rodney Van Meterはこのグループのメンバーで、カリキュラムのうち量子通信とネットワークの部分を担当しています。

9. おわりに

SFC AQUAグループは、慶應義塾大学量子コンピューティングセンターやIBM Qネットワークに参画するなど、活動の半分を量子コンピューティングに注ぎ続けています。

AQUAの詳細な活動については、2020年度 WIDEプロジェクト研究報告書「第3部 特集3 Quantum Internet AQUA(Advancing Quantum Architecture)Annual Report 2021」で紹介しています。特に、2020年度のAQUAの量子インターネット活動に焦点を当てて詳述しています。

  • ● 量子インターネットについての端的な紹介
  • ● 量子ネットワークアーキテクチャに関するアイデア
  • ● 研究コンソーシアムの歩み
  • ● 量子インターネット研究会での取り組み
  • ● 量子インターネットシミュレーションパッケージ「QuISP」

AQUAの活動は、量子インターネットの枠を大きく超えています。量子コンピュータ、量子教育、量子コミュニティに関する活動についても報告書で紹介していますので、ご参照ください。

リンク:
2020年度 WIDEプロジェクト研究報告書「第3部 特集3 Quantum Internet AQUA(Advancing Quantum Architecture)Annual Report 2021」
https://www.wide.ad.jp/About/report/pdf2020/part03.html