WIDE

Founder挨拶

WIDE プロジェクト ファウンダー
村井 純
WIDE プロジェクト ファウンダー 村井 純

ごあいさつ

WIDEプロジェクト2018年度

WIDEプロジェクトを開始した頃には、IPを転送する足回りを開発するのがとてもおもしろかった。4.2BSDによってTCP/IPのプロトコルスタックはOSの中に組み込まれた。ここで提供されているネットワークインターフェースのコードは一部のEthernetボードだけで、これだとLANによるIPネットワークしかできない。他の足回りのコードを開発すればTCP/IPのネットワークがWANもどきでも動くことになる。最初の楽しみはシリアルIOを用いてIPを通す技術SLIP(Serial Line IP)などで、電話回線とモデムのペアがあれば(遅くても)(不安定でも)IP通信が出来上がる。経路制御プロトコルなど他のプロトコルの殆どを検証的に学べたのはこの環境だった。東工大の情報工学科にいた篠田や加藤たちと、内線電話用回線をショートさせっぱなしにして、東京大学大型計算機センター(現・情報基盤センター)にある私のところのコンピュータと接続し、明けても暮れても複数台のネットワーク間接続の実験をやり尽くしていた。この経験でUCバークレーが書いたTCP/IP関連のコードはほとんど一行残らず我々は理解できたとおもう。このことがWIDEプロジェクトスタートアップ時の我々の実力の源泉だった。

デジタルデータが流せるものならなんでもIPの足回りとして使う、という次の餌食になったのはメインフレームの遠隔接続をおこなうためのX.25のパケット交換の装置と契約だった。X.25はパケット交換のサービスで、複数の呼を同時に使って性能を上げるといった研究開発にも取り組んでいた。モデムによる電話回線、武蔵野通研の方々のご支援など、あらゆる「タダ同然電話」回線を使って発展していたJUNET同様、パケット課金でかかる費用の問題はメインフレームのアクセスに見えていた。WIDEインターネットのスタートは、JUNETのように大学の通信予算に染み込ませつつ動き始めていた。

やがて、遂に専用回線を大学間や組織間でつなぐことの計画がまとまり、その費用を算出すると、年間5000万円ほどの費用が発生することがわかった。初期の10社に分担をお願いし、共同研究コンソーシアムとしてのWIDEプロジェクトが正式にスタートした。みなさまのおかげで国内のWIDEを用いたIP接続は順調に可動し始めた。

学術情報センターから東大にいた私に9.6Kbpsの専用回線を用いた日米の端末接続に電子メールを加えるという相談を受けた。最初は9.6Kbpsを2つに分けて、4.8Kbpsを端末に、4.8Kbpsを電子メールに使いたいという話だった。先のSLIPなどの実験で既に我々は4.8KbpsのIP接続の情けなさを経験していた。そこで、この9.6Kbpsの専用回線をX.25のパケット交換として運用し、端末もX.25で、IPもX.25で運用することを提案し、運用の準備が開始された。これで小さなトラフィックの端末をのぞいた部分は殆どIPに利用することができる。端末が設置されるのは、米国ワシントンDCにあるNSFの一室となっていた。Mt. Fujiと名付けたSUNワークステーションを持ち込み、9.6KbpsのIPoverX.25を接続すべくワシントンDC便に乗り込むために成田空港に到着した私を待っていたのは「天皇崩御」の号外だった。1989年1月7日のことである。

2019年は、平成になって30周年、そして、平成最後の年となった。平成を振り返るさまざまな報道企画はインターネットを取り上げることが多い。確かに我が国の30年を振り返れば、最も大きな社会のインパクトの一つがインターネットの普及であり、産業や経済、生活も様変わりの様相をインターネットが生み出したことになる。

その発生から現在に至るまで、WIDEプロジェクトは多くの実績と人材を排出して持続的に発展してきた。それはこの報告書を手にしていただいている研究開発に携わってきたWIDEメンバーと、多大な、しかも、継続的な支援をしていただいたスポンサーの方々との協業の結果である。改めてこれらの方々に感謝を申し上げると共に、最も重要な社会基盤となったこれからのデジタルテクノロジーとインターネットの基盤の未来の創造をご一緒に取り組むことを楽しみにして報告書のご挨拶としたい。

2019年3月
村井 純