WIDE

Founder挨拶

WIDE プロジェクト ファウンダー
村井 純
WIDE プロジェクト ファウンダー 村井 純

WIDEプロジェクト 2024年からの新しい使命に向けて

歴史的なグローバルパンデミックからなんとか復帰し、社会は元の勢いを取り戻しつつあるようにも見える。しかし、この三年間のCOVID-19の影響で、私たちが取り組んでいるデジタルインフラストラクチャーの環境を取り巻く情勢は大きく変わった。

一つはデジタル技術のサービスの価値や意味に対する評価が国民の間で大きく変わったことにある。何度も話していることだが、デジタル技術やインターネットに対する理解や期待が拡がるために、私たちは過去に多大な時間をかけてきた。この時間が10倍20倍で加速したという事実は、決して未来にスローダウンすることがないことを考えると、今後の研究開発への追い風は、追い風どころか暴風の様相を呈してくるかも知れない。

昔教えていた、セーリング(ヨット)の操縦法で真後ろから当たる風を目いっぱい受けるために、メインセール(船の後方にある大きな帆)とジブセール(船の前方にある小さな帆)を左右に分けて開いてしまい、スピードを楽しむ「危険な」航法を観音開き、Wing-and-Wingと呼ぶ。これが楽しいけど危ないんだ!風が強すぎると船首から潜水艦のように沈没していくことがある。あの状況のようなイメージも私は持っていた1年だった。

奇しくもCOVID-19の前から準備をしていた、20年ぶりに衣替えを目指していた新しい国のデジタル政策が強力に推進し、新しい基本法とそのための組織づくり、つまりデジタル庁の誕生に結び付く。さらに、すべての政策課題をデジタルで解決しようという、デジタル田園都市国家構想、さらに、深刻に踏み込む、デジタル行政改革会議。日本政府があらゆる課題解決を推進するためにデジタル技術を前提とすることに大きく舵を切った。

2023年はWIDEにとっても突っ走った年だった。まず3月はIETFの横浜開催のホストを務めた。ここでの議論はパンデミックを超えた新しい会議で、私たちの守備範囲の技術とそれを取り巻くさまざまなデジタル社会の状況を、技術者だけじゃなく、ポリシーメーカーも交えた大きな議論が推進された。

2023年の11月にはインターネットガバナンスフォーラム(IGF)が京都で開催され、WIDEはブースもだし、WIDEメンバーも若手を含めて、たくさんの会議に参加した。IGFは国連の会議のくせに、オープンで、何を議論しても良く、結論や宣言は出さないと決めている、いわゆる、マルチステイクホルダーベースのユニークな会議でなんと、6000人を超える物理参加者が集った。

さらに、2023年はG7議長国としての役割があった。G7は会議やサミットだけでなく一年間を通じて議長国なので、発言力が強い。この年に流行した生成AIなどの扱いをめぐって、議長国日本を中心とした世界との対話が行われた。

生成AIだってデジタルデータのコンピュータ―処理で、主戦場はデータセンターとインターネットである。この期待が全国民や、全ポリシーメーカーによって着目された一年は、「暴風」状態の追い風であったことが分かる。

さて、これとは独立して、WIDEプロジェクトの研究開発は新しい要素が加わりますます活発になってきた印象がある。インフラストラクチャーそのものの議論では、ネットワークやコンピュータ機器への光技術の浸透は、運用技術面でも、経路制御技術の新しい世界が開かれ、インターネットのオペレーションに関する新しい取り組みも始まった。運用の中に下位レイヤーとの関係で、光の技術がどのようにインターネットのオペレーションにインパクトを与えるのかを正しく理解して新しい運用体制などを切り開くのはお家芸のような部分がある。ベンダーの開発に新しい技術に対するフィードバックを伝えていけるのは各分野の専門家が集っているWIDEプロジェクトの力であり続けたし、数を増やしている学生をはじめとする新しい若い力が集っていることの意味は大きい。若いといえば、2023年にはついに高校生世代の参加が認められ、研究にも活発に参加して、2024年にはWIDE系大学に無事入学するというニュースもある。

このような光とネットワークの関係は海底ケーブルの技術にも新しい動きが起こり2020年から開始しているアジア太平洋の研究教育ネットワークのデザインにも、海底ケーブルにおけるレイヤー1のオペレーションを含んだ分岐や上陸のシステムの設計に取り組めたことは歴史的な新しい時代の幕開けとなった。

衛星やHAPSなどのNon Terrestrial Networkも発展を見せ実用化が進み、地表のカバレージ100%の新しいインターネット時代は、人をつなぐインターネットからIoTのようなものをつなぐインターネット、そしてドローンのような自律ロボットのためのインフラストラクチャー全体を統合的にアーキテクチャーとして捉える技術議論ができるのはWIDEプロジェクトの特別な役割だ。

2023年には地球という惑星から飛び出して月や火星とのプロトコールを再構築して行く議論をJAXAとの共同研究として開始できたことも自律分散処理の大規模化を目指してきたWIDEにとっては新しい挑戦となっている。

このように、2023年に足がかりとして形が見えてきた未来の大規模広域分散環境は、まさにWIDEプロジェクトの開始以来の使命であり、大きな視点で捉えつつ、個々の技術の発展やその評価を実行し、未来に向けた研究開発を進めていくべきだと考えている。

あらためて、これまでの30数年に渡るさまざまなご理解と熱心な参加、そして大きな支援をしていただいた皆様に心より感謝をするとともに、暴風のように押し寄せる新しく取り組むべき使命と役割を着実にこなすことで、楽しく有意義な研究・開発・運用活動がメンバー全体で行われることを進めていきたいと思っています。2024年度もよろしくお願いいたします。

2024年3月