WIDE

代表挨拶

WIDE プロジェクト代表
江﨑 浩
WIDE プロジェクト代表 江﨑 浩

はじめに

2023年は、インターネットに関する重要な世界会合が日本で多数開催されました。3月には横浜でWIDEプロジェクトがホスト役として関係するスポンサー組織のみなさんと4回目の日本での開催となります第116回のIETF(Internet Engineering Task Force)会合、6月には広島でG7、9月には京都でAPNIC Meeting、さらに10月には京都でIGF(Internet Governance Forum)が開催されました。インターネットの技術標準を議論・策定するIETF会合は、コロナ禍以降で初めてのアジアでの開催でした。多くの海外からの参加者があり、参加者の合計は1,000名を超えました。また、IGFの日本での開催は初めてであり、メインテーマとして「私たちの望むインターネット〜あらゆる人を後押しするためのインターネット〜(The Internet We Want - Empowering All People)」が掲げられ、コロナ禍あけの最初の会合でもあり、これまでの会合の中でも最大の参加者数(現地参加者数6,279名、オンライン参加者3,000名以上)となり、インターネットの存在・利用を前提とした社会・経済活動をグローバルに政府を含むマルチステークホルダの環境で活性化・進化させるための議論を国内外に日本から発信する絶好の機会となりました。

インターネットは、多様な技術と多様な組織が構築・運用する物理資源を相互に接続し、地球上に共有のデジタルインフラストラクチャーを構築しました。地球を取り囲むこのグローバルなデジタル空間には、多様なコミュニティが形成され、国境を含む地理的制約を受けることなく、個人や組織が自身の意志で自由にインターネットを利用できなければなりません。マルチステークホルダでの世界インフラの運用と管理です。

初期のインターネットユーザーは、互いの信頼を前提とする技術者を中心としていましたが、インターネットの拡大・成長とともに、不適切な目的でインターネットを利用する個人や組織も現れるようになりました。このような状況を鑑み、日本がDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)を世界に向かって提唱しました。今回のIGF会合では、2023年のキーワードの一つである「生成AI」に関する積極的な議論が行われ、「AI開発者向けの国際的な指針及び行動規範」を提示するG7で提示された「広島AIプロセス」の加速が表明されました。生成AIは、これまでも大きな問題と認識されていた偽情報の爆発的増加とその認識・認証が急激に難しくなることが広く認識されつつ、その一方で有効性と社会・産業的なインパクトが議論され、これから人類が取り組むべき多くのAGENDAが提示されたのです。

我々人類が持続的な活動を創造、そして成長を継続するために取り組まなければならない課題には、インターネットおよびデジタル技術が重要な役割と責任を持っていることを認識し、新しい時代のデジタルインフラを我々は、分断(=De-Coupling)することなく、協力して構築しなければなりません。すなわち、我々は、日本国内だけでなく地球の課題・問題を、世界の人々と協力して解決していかなければならないのです。

2020年9月に起動したデジタル庁の発足には、ファウンダーの村井純教授をはじめとして、多くのWIDEプロジェクトの関係者が、その設計と実装に深く関与しました。日本の政府と自治体さらに、全産業のデジタル化を先導・牽引するコアの組織としての役割を果たさなければなりません。これは、2000年頃に提唱された、日本中のコンピュータをブロードバンドのインターネットに接続する環境の整備というe-Japan構想の実実装です。当時WIDEプロジェクトでは、IPv6の役目を全産業の相互接続と全デジタルデバイスのIP化と相互接続環境の実現と認識し、IoT(Internet of Things)の実現に関する研究開発活動に着手していました。日本におけるIPv6の普及は、有線環境で80%を越え、携帯電話環境でも70%に届こうとしており、一つの節目を迎えました。2024年からは、IPv6の存在を前提にした次のインフラへの挑戦となるので、WIDEプロジェクトが中心となって設立したIPv6普及高度化推進協議会、IPv6社会実装タスクフォース(前身はIPv4アドレス枯渇対応タスクフォース)を終結させることになっています。これは、まさに、第5期総合科学技術基本計画の方向性よして打ち出された「Society5.0」の実実装の段階であり、小生も委員として参画させて頂きました第6期 科学技術・イノベーション基本計画では、第5期の科学技術基本計画で言及した「コロナ禍で明確となったSociety 5.0が実際には実装されていなかったことを確認・認識」、「多様性の尊重」と「Society 5.0の“実”実装」を大きな方向性と合致します。さらに、WIDEプロジェクトが創設以来認識してきた「社会イノベーションの実装・実現には、科学技術だけではなく、文系の知見を取り込んだ「総合知」が必須であると」の認識のもと、分離融合の重要性が認識され、科学技術に関する研究開発に文系の力が必要であるとの認識がされ、新しい技術を用いた社会のイノベーションであり、そのためには、マルチステークホルダ環境での議論と実装が必要であるとの方針です。さらに、デジタルネットワーク環境を評価するのは、エンドユーザであり社会であると明記、これも、WIDEプロジェクト起動時からのミッションであったと認識しています。

コロナ禍後、「オンライン社会の存在を前提にしたサイバー・ファーストの社会産業インフラ」への進化が継続されています。地球上のすべての人、すべての産業、そして、すべてのデジタル機器を、“透明に(Transparent)”に相互接続させることで、これまで存在していない創造的なサービスを創生・実現するビジョンです。WIDEプロジェクトでは、IoTの世界観が、仮想マシンの登場と普及によって、IoTの段階からIoF(Internet of Function)の段階に進化し、IoFの世界を実現するための研究開発にも早い段階から着手していました。サービスとハードウェアのアンバンドルであり、Un-Wire-ingされたグローバルシステムへの進化です。

さらに、コロナ禍は、差別と格差の拡大など、コロナ禍が発生する前の社会が抱えていた問題を拡大・顕在化させたとともに、自然の力の前には人間・人類の力は儚いものであることなどが認識されることとなり、特に、持続的な発展、すなわち、SDGs(Sustainable Development Goals)およびカーボンニュートラルの重要性が強く認識されることになりました。SDGsの実現にあたってはインターネットのアーキテクチャを「すべての社会・産業インフラ」に適用・覚醒させなければならないと考えます。「コンパクト&ネットワーク」と、環境省による「地域循環共生圏」の考え方は、各地域にコンパクトでSDGsを実現する都市・街を創り、それをネットワーク化するという、自律分散型ネットワークの創成であり、デジタル田園都市構想にもつながるものです。自然災害などによる非常事態への対応能力とリスク管理能力を持ちつつ、グローバルなネットワーキングが可能な都市づくり・街づくりを目指します。

WIDEプロジェクトは、メンバー組織の皆様との産学連携コンソーシアムとして運用されています。企業における「目的基礎研究」でもなく、独創性・独自性を要求する「純粋基礎研究」でもない、「実践的基礎・応用研究」の環境を提供することで、従来の研究組織にないユニークで実践的な成果を創出してきました。さらに、『常に、「グローバル」(さらに宇宙という規模・視点に拡大)な視点で、システム全体と個別システムを捉える』。これは、WIDEプロジェクト特有のプロジェクト統治モデルであり、「遺伝子」であり、今後もこの「遺伝子」を維持・発展、そして進化させなければならないと考えていますし、さらに社会に貢献する責任がますます増していると考えています。

これまでのWIDEプロジェクトの活動にご参画ならびにご支援いただきましたすべての皆様方、組織の方々に感謝と敬意を表しますとともに、ますますのご参画・ご協力・ご指導・ご鞭撻、そして新しい参加者・参加組織のご紹介・ご招聘をお願い申し上げます。皆様方との協力・連携を礎として、コロナ禍収束後の新しいグローバルなデジタル社会インフラの実現に向けた協調活動の拡大を皆様と推進できることを期待しております。

2024年3月