WIDE

代表挨拶

WIDE プロジェクト代表
江﨑 浩
WIDE プロジェクト代表 江﨑 浩

インターネットは、ディジタル技術を用いてすべてのコンピュータを相互接続することで、ディジタル情報が透明に通信・交換・分析・加工されるプラットフォームをグローバルに形成することに成功しました。これは、単なるディジタル空間ではなく、多様な個別のディジタル空間が、自律分散的に結合されたサイバー空間です。

地球上のすべての人とコンピュータがディジタル通信で相互接続され、膨大なディジタルデータ(=ビッグデータ)がオンライン化され、ディジタル処理され、データが情報に変わり、その情報を用いて人とモノとが相互作用を起こす地球規模の巨大なエコシステムが形成され、さらに急激な速度で拡大・膨張、そして高機能化を続けています。インターネットは、WEBという第1の波、情報検索という第2の波を経て、ディジタルネイティブ・インターネットネイティブという第3の波へと突入しているのではないでしょうか。さらに、サイバー空間と実空間の融合・統合は、Cyber-Twin(ネットワーク化されたdigital-twin)の段階からCyber-Firstの段階に入りつつあると捉えています。これまで、サイバー空間に閉じこもっていたインターネットは、すべての物理空間を飲み込みながら、IoTやビッグデータ、さらに人工知能との融合・共存を前提とした新しいエコシステムを形成しつつあります。インターネットの「新たな覚醒」ではないでしょうか。

すべての生命体は、「遺伝子」という歴史書であり設計図を持っており、この設計図にしたがって個体が形成され、歴史書の中から必要となるであろう設計図のパートを抽出し、次の個体の設計図(=遺伝子)に組み込みます。 英国の生物学者リチャード・ドーキンス博士は、1976年に出版された『利己的な遺伝子(The Selfish Gene)』の中で、この個体のことを、遺伝子を運ぶための「生存機械」と名付けました。インターネットの遺伝子は、理論・権威よりも「実際に動くもの」を尊重し、「敢えて最適化しない」、「多様性を尊重する」技術とシステムの標準化を行い、持続的進化を実現してきました。これは、インターネット・コミュニティーの人たちが共有している以下の象徴的な言葉に表れています。

We reject: kings, presidents, and voting.
We believe in: rough consensus and running code.
(Dr. David Clarke, MIT, at INET92 in Kobe, Japan)

「遺伝子」は、交叉を続けることで、機能の交叉と、完全には正確ではない誤りを含む複製(誤複製)によって、多様性の拡張・確保と突然変異という新機能の獲得をしつつ、一方では、淘汰によって必要以上の複雑性・多様性の爆発を防ぎ、適切な複雑度・多様度に収斂させながら、設計図(=遺伝子)を継承・進化させていきます。

インターネットの遺伝子は、独自の技術で閉じたエコシステムを形成し排他性を持ったサイロを、共通の技術を用いて相互接続させ、1つのシステムにする。その結果、各個人・各組織の自律的投資が、インターネットの成長に貢献し、インターネットの成長が各個人・各組織へのサービスの向上に繋がるというポジティブなスパイラル構造を持ったOne for All, All for One型のソーシャル・エコシステムを形成することに成功しました。この「相互接続性」という遺伝子は、コンピュータの相互接続網の実現から、Society 5.0でも示されている「すべての社会・産業システムの相互接続統合網の実現」へとその「生存機械のターゲット」を拡大しつつあるようです。インターネットの遺伝子にとって最大の対立遺伝子は、「サイロ化」「ブロック化」であり、国家による保護主義的な政策との摩擦を発生させる場合が少なくなく、共存のための対話が重要となります。さらに、国を含むすべての組織間(これをマルチステークホルダと呼ぶ)での自由な情報流通の実現と各自律システムが様々なインシデントに対して生き残るために必要なサイバーセキュリティの実現が、インターネットの遺伝子が生き残るために重要で必要な要件となってくることになります。

「国家主義・保護主義」の遺伝子は、インターネット遺伝子がその生存機械の領域を拡大したことによって、その存在を認識し、共存と競争を探る段階を迎えているのではないでしょうか。また、インターネット遺伝子を持ったGAFA&BATに代表されるハイパースケーラに代表されるOTT(Over-The-Top)事業者は、インターネット遺伝子の重要要素である「分散」ではなく、「集中」を加速させており、インターネットのインフラ事業者との間での関係が非対称になりつつあります。「ネットワークの中立性」の新しい課題・論点になってきています。近年は、この3つの遺伝子が、交流・対立・交叉を行っている段階のように思えます。

組織の壁を越えた情報の流通は、企業のビジネス構造にも大変革をもたらしています。

組織の全ての構成員が、外界の個人や組織と双方向で対話することで、迅速で正確な製品・サービスの企画・生産・提供が可能となりつつあります。Connected Organizationです。Connected Organizationの実現によって、これまでのベンダー主導のPUSH型サプライチェーンは、ユーザ主導のPULL型デマンドチェーンに進化しつつある。潜在的消費者の要求が、リアルタイムに収集・共有・解析され、適切な機能を持った適切な量の製品・サービスが需要者に提供され、付加価値の高いものを適量生産するバリュー・クリエーション・チェーンが実現であり、破壊的イノベーションを繰り返しながら今後ますます成長・進化することになります。 この現在(あるいはこれまでの)「ベンダー・プロバイダー主導」のビジネス構造を、「ユーザ主導」に変えるのは、トップダウン(=ウォーター・フロー)型の構造を、ボトムアップ型の構造に変えることです。

さらに、流通の効率化は、結果として必要な物理資源とエネルギー量の削減を実現し、地球環境問題へも貢献することができます。 「Green by IT/ICT」です。 ある事例では、ビジネスチェーン上の企業間での情報共有によって、必要となる倉庫の容量の40%削減に成功しました。インターネット遺伝子が実現する「マルチプル・ペイオフ」の事例です。プラットフォームが利用可能な媒体からアンバンドルされ、さらに、プラットフォームを利用するアプリケーションがプラットフォームにロックオンされずにアンバンドル化されることで、一つのプラットフォームが多様な異なるアプリケーションを収容可能にすることで、プラットフォームの共有(シェアリング)とプラットフォームへの投資の共有(マルチプル・ペイオフ)が実現されることになります。すなわち、プラットフォームのアプリケーションに対する透明性と中立性を持つことで、汎用性と持続性を持ったシェアリング・エコノミー型の効率的なシステムを形成することができるのです。

このようなマルチプル・ペイオフの環境の実現には、「データの所有権」の管理ポリシーが重要な点となります。IT機器やシステムがサービスプロバイダから提供されたとしても、利用履歴や通信したデータは、利用者には著作権が存在するとされるべきでしょう。実際、IT産業およびICT産業では、ユーザが利用する機器に存在する・機器が生成するデータは、すべて、ユーザが所有権を持っている。 例えば、患者の医療データは病院のものであり、かつ患者のものでもあるとすれば、情報の流通と利用を患者(ユーザ)主導で実現することが可能になりますし、情報の独占も回避することができます。 このような観点から、ビッグデータビジネスやIoTビジネスを考えることが重要となります。GAFA+M/BATに象徴されるOTTハイパージャイアントによるデータの排他的所有を回避するためには、適切なデータの所有権に関する考え方が確立・実践されなければなりません。 これは、インターネットの重要な遺伝子である「すべてのエンドユーザに対するサービスの提供機会の担保」にとって、重要なシステムの必要要件となります。

このように、「相互接続性の形成」という遺伝子は、一つの投資が複数の目的によって償却されるマルチプル・ペイオフを実現します。資源の共有と共用は、品質向上と経費削減(TQC)、冗長性の向上によるサービス継続性(BCP)の向上、無駄の削減による環境改善・省エネへの貢献、さらに、データ利用を梃子にした新事業創造の可能性を提供する。インターネットを用いて、すべてのユーザに、自由に新しいサービスを提供する機会(Opportunity)を提供することが、マルチプル・ペイオフの実現にとって重要な要件でとなります。 インターネットが前提の経済システムにおいては、法律が追い付かない理由はここにあるのではないでしょうか。 例えば、データセンターを拠点とするクラウドコンピューティングシステムの環境は、連携する組織のデータが安全な場所に共存し、効率的で創造的なデータ連携を可能にするとともに、災害時の堅牢性の向上、サイバーセキュリティ機能の向上と固定費である人件費と設備費の削減、さらに、大きな電力消費量の削減を、同時に実現することができます。さらに、国土交通省から示された、我が国が2050年に向けて目指すべき社会インフラの方向性として示された「コンパクト&ネットワーク」の一例とも言えるでしょう。これが、2018年5月に閣議決定された「クラウド・バイ・ディフォルト」の考え方につながりました。

また、インターネットの遺伝子は、垂直統合型のサイロ型の経済構造を、複数のプラットフォームから構成されるマトリックス型に変える「Disaggregation化(=アンバンドル化)」とも呼ばれるトランスフォームを実現させることになります。利用と所有の分離によるインターネットシステムにおけるシェアリングエコノミーは、インターネットにおけるIPパケット(=デジタルの小包)の発明によって実現された、(1)すべてのデジタルコンテンツが共通のディジタル小包に梱包可能となる(運ばれる媒体に非依存)、(2)ディジタル小包はすべての搬送媒体で搬送され流通可能(運ぶ媒体に非依存)となる、という2つの性質によって実現されることになります。多様性を持ったすべてのユーザとサービスが、相互接続性を持った共用のプラットフォームを利用可能にすることで、運用の効率化と競争環境が実現され、品質向上とコストダウンが同時に実現されます。これは、1950年台に発明されたコンテナとパレットによる物流システムのシャアリングエコノミー革命と同質ものであり、我々は、いよいよディジタル技術による物流の大革命を本格化させようとしているのです。「所有権と利用権のアンバンドル化」による社会・産業システムのイノベーションの他の例としては、自動車産業が生き残りをかけて取り組んでいる、MaaS(Mobile as a Service)があげられます。MaaSは、人は、自動車を含む乗り物を所有せず、必要な時に利用料を支払って必要な乗り物を利用するというものです。しかし、ある意味、人の移動は、ほとんどが、MaaSで、自動車、正確には自家用自動車が例外だったと見ることができるでしょう。飛行機や列車、バス、船舶などは、所有権と利用権がアンバンドルしていて、人は、必要な移動手段を利用料金を払って利用することで、目的地に移動するのであり、自家用自動車がむしろ例外だったのですが、いよいよ、所有権と利用権のアンバンドル化、さらに、UBERのような所有する自家用自動車のペイオフを所有者自身の利用だけではなく、他人の利用させることによる収入でペイオフするマルチプル・ペイオフの形態を導入しようとしているのです。つまり、アンバンドル化による利用者(=アプリケーション)の透明化と言えるでしょう。

プラットフォームの提供者は、多様な利用者から利用料金を徴収することで投資効率を向上させます。一方、インターネット遺伝子は、利用者が、あるプラットフォームにロックオンされず、最適なプラットフォームを選択して利用可能な環境を維持しようとします。これにより、例えば、グーグルやフェイスブックのようなハイパースケール企業が推進するホワイトボックス型のIT機器の研究開発などが実現可能となりました。これは、人類最初のディジタルの発明品である、『言葉』、『文字』、そして『貨幣』にも共通する性質です。今、仮想通貨に代表される『貨幣のディジタル性』の本格的な覚醒は、出版やレコード業界などのコンテンツ業界におけるディジタル革命と同じような大革命が起こりつつあると捉えることができるのではないでしょうか。

さらに、『プログラム(=コード)』の発明は、機能・サービスのハードウェアからの解放(非依存)を実現しました。その結果、機能・サービスは、迅速にアップデート・変更可能となり、専用機器が急速に不要になりつつあり、迅速かつ容易に必要なところにサービスの物理的な出口を低コストで生成・消滅させることが可能となりつつあります。ブロックチェーンを用いてサイバー空間で企業を定義するような、ソフトウェアで物理的な社会システムを定義・構築することも可能になろうとしています。 いわゆる、ソフトウェア・デファインド・インフラストラクチャです。3Dプリンタは、その代表例でしょう。インターネットに接続された任意の3Dプリンタにプログラムを送信することで、任意のモノをサイバー空間から出力することができます。「サイバー・ファースト」なシステムの典型例です。

この段階においては、インターネットの遺伝子を意識したサイバー空間での迅速なシステム設計や意思決定、さらに戦略的かつ適切なルールの形成が必要となります。

2020年のオリンピック・パラリンピックの東京での開催に向けて、新しいIT戦略が策定され、インターネットと「サイバー・ファースト」を前提にした社会インフラの高度化とスマート化が推進されなければなりません。インターネットが社会に広く普及し、商用のインターネットサービスが展開されている中、インターネットの「トラスト(Trust)」品質の向上が重要課題として認識されています。 インターネットが一般化し産業・社会活動の基盤となったために、政府がインターネットのコントロールをナショナルセキュリティーという観点・理由から強化しようとしています。 この動きは、中国、ロシアなどだけではなく、世界全体での傾向となりつつあるように見えます。このような観点からも、グローバルな研究開発ネットワークを自身で設計・実装・構築・運用するという知見と経験を産みだし創生する環境の維持と発展の重要性を強く確認し、メンバー組織のみなさんと共有しているWIDEプロジェクトの責任を再認識しなければならないのではないでしょうか。このような背景のもと、WIDEプロジェクトはグローバルなネットワーク環境の整備と拡大と、新しい段階の研究開発を起動させなければならないと考えています。

WIDEプロジェクトは、メンバー組織の皆様との産学連携コンソーシアムとして運用されています。企業における「目的基礎研究」でもなく、 独創性・独自性を要求する「純粋基礎研究」でもない、「実践的基礎・応用研究」の環境を提供することで、従来の研究組織にない成果を創出してきました。これは、WIDEプロジェクト特有のプロジェクト統治モデルであり、「遺伝子」だと考えていますし、今後もこの「遺伝子」を維持・発展させなければならないと考えています。

これまでのWIDEプロジェクトの活動にご参画ならびにご支援いただきました すべての皆様方、組織の方々に感謝と敬意を表しますとともに、 ますますのご参画・ご協力・ご指導・ご鞭撻をお願い申し上げます。 皆様方との協力・連携を礎として、新領域の開拓と安心・安全を実現する社会インフラの実現に向けた協調活動の拡大を皆様と推進できることを期待しております。

2019年3月
江﨑 浩