2026年2月7日、私たちの偉大なる先達であり、恩師であるDavid J. Farber教授が、91歳でその生涯を閉じられました。
コンピュータサイエンスとインターネットの発展を担う、米国屈指のリーダーたちを数多く育て上げたDaveにとって、私は弟子としてはまさに末席に連なる一人に過ぎません。しかし、日本のコンピュータネットワークの幕開けの時から、今日に至るまで、Daveからは計り知れないご指導を賜りました。
日米間のネットワーク接続における共同開発と運用。そして、長年の願いが叶い、Daveを慶應義塾大学にお迎えして、KGRI(慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート)サイバー文明研究センター(CCRC)の共同センター長として共に活動できたことは、私にとって望外の幸せであり、かけがえのない時間でした。
Daveとの長い歩みは、日本におけるコンピュータネットワーク「JUNET」の草創期に遡ります。当時、UUNETのリーダーであるマーク・ホートン氏や、CSNETのラリー・ランドウェバー教授とともに来日してくださったことが、全ての始まりでした。それ以前からも、私の先輩である東京大学の猪瀬博先生、慶應義塾大学の相磯秀夫先生方と深い親交があったDaveは、その御縁もあって、私を温かく迎え入れ、目をかけてくださいました。
CSNETとの相互接続においては、Daveと協力し、東京大学からX.25上で電子メール交換プロトコル「MMDF」を動かす試みを行いました。後にカーネギーメロン大学の徳田英幸教授らとSLIPなどを実装した際も、メールのループが発生すればパケット単位の課金が膨大になるという、文字通りスリリングな実験の連続でした。
「それでも、世界を繋ぎたい」
当時の研究者たちは、この一念で強く結ばれていました。Daveと私は、まさにその理想を共有する「戦友」であったと確信しています。
その後、国際通信費という大きな壁も、Daveの親友であった猪瀬先生のご尽力により道が開かれました。猪瀬先生が主導された「NSF(全米科学財団)から日本のデータベースへアクセスするプロジェクト」において、私は電子メール担当として指名を受けました。OSIや国際標準プロトコルの推進者であった猪瀬先生に対し、「端末利用とメールが共存できるX.25の帯域を使います」と提案し、IP over X.25を稼働させたことで、WIDEプロジェクトとCSNETのIPネットワークとの安定的な相互接続が実現したのです。1989年の1月のことでした。これが、日本のインターネットにおける信頼性の高い接続の礎となりました。
1980年代後半、30代の助手という立場であった私にとって、世界と繋がるための壁はあまりに厚く、高いものでした。私はDave、Larry Landweber、Vint Cerfらにこう提案しました。「米国では理解されていても、日本では大学が自由に海外と繋がることにすら大きな困難がある。日本だけでなく、多くのアジア諸国や世界中の国々がインターネットを相互接続していくためには、国際的に権威ある組織が必要ではないか」
それに対し、Daveたちは応えてくれました。「Jun、Internet Society(ISOC)という法人を創る。これでよいか?」
1991年、こうしてISOCが誕生しました。私とWIDEプロジェクトは彼らの尽力に応えるべく、翌1992年、ISOCにとって初の実質的な国際会議となる「INET'92」を神戸で開催いたしました。ISOCの創立、そして日本でのINET開催。日本のインターネット黎明期のあらゆる場面に、常にDaveの力強い支援と友情がありました。
Daveがこれほどまでに日本を愛し、私たちと共に歩んでくれた理由は、友情だけではありません。彼は日本の文化、そして何よりも日本の食事をこよなく愛していました。私たちはその「弱点」を最大限に活用し、粘り強く招聘を続け、2018年、ついに慶應義塾大学の特別招聘教授としてお迎えすることができました。
以来、Daveはサイバー文明研究センターの共同センター長として、三世代、四世代も年下の若い学生たちと親しく接し、情熱を持って指導にあたってくださいました。 技術から生まれた全く新しい「文明」を研究する場所として、Daveと共に歩んだこのセンターの名は、彼の最晩年を彩るにふさわしい場所であったと信じています。
デジタル技術が切り拓いた新しい文明がさらなる発展を遂げる今、私たちはDave Farberへの深い感謝と、最後の一日まで衰えることのなかった彼の情熱を、決して忘れることはありません。
Dave、どうかこれからも、あなたの知見を受け継いだ私たちが、さらなる未来を切り拓いていく姿を見守っていてください。
心からの感謝を込めて。 安らかにお眠りください。ありがとう、Dave。
2026年2月
WIDEプロジェクト
ファウンダー 村井 純