Title: SINDAN-WG 2020年活動報告 Author(s):  北口 善明 (kitaguchi@wide.ad.jp),  石原 知洋 (sho@wide.ad.jp),  高嶋 健人 (t.taketo1113@gmail.com),  阿部 博,  淺葉 祥吾 Date: 2020-12-28 1. はじめに SINDAN (Simple Integrated Network Diagnosis And Notification) ワーキング グループは、ネットワーク運用におけるネットワーク状態の把握やその評価手法の研究開発を目的と して2017年7月に設立された。前身となるSINDANプロジェクトは、2013年のWIDE合宿における 合宿ネットワーク評価に始まっており、これまでにネットワーク障害点を検出する手法として、ユー ザ側からの観測を元に状態を評価する手法を取り上げ、その評価を重ねてきた。 本ワーキンググループでは、メンバによる定期的なミーティングを実施しており、また、実証実験と して、各大学キャンパスおよび各種イベントネットワークにおいて、本ワーキンググループで開発し ているSINDANシステムの実験運用をおこなっている。加えて、WIDEプロジェクトの研究会・合宿 においてBoFを開催し、WIDEメンバーによる開発や議論を継続している。 2. 2020年における活動 以下に、2020年の取り組みをまとめて報告する。 2.1. Wi-Fi品質公示サイトに関するハッカソン in camp2003 インターネットが社会基盤となり、ホテルや公共施設などでも無線LANによるインターネット接続サ ービスが提供されるようになってきている。しかし、無線LANの品質は、施設や場所によって大きく 異なるため、出張先や滞在先の無線LAN設備や設定がVPNサービスが使えるか、インターネットビデ オ会議に耐えうる品質かどうかを事前に判断できない。Tripadvisorなどのホテル口コミサイトで 定性的に知ることができるが、これを定量的に知る方法がない。本ハッカソンにおいて、WIDEの SINDAN WGで培った無線LAN診断技術を応用して、Wi-Fi品質の定量的な口コミサイトを構築を検 討した。 本ハッカソンにおいて、利用者視点で追加が期待される機能を列挙し、以下に挙げる機能を追加実装 することができた。  ・無線環境におけるプライバシ問題に配慮したMACアドレスのハッシュ化機能  ・無線環境の影響により生じるユーザ体験評価 (QoE) を評価するSpeed Index計測機能  ・SSHサーバ鍵を確認することによる通信相手の正当性確認機能  ・ポートスキャンによるフィルタリング環境評価機能 2.2. SINDAN visualizerにおける機能拡張 SINDANシステムにて計測データの収集を担うサーバとして提供しているSINDAN visualizerの 構築展開を容易にするため、dockerコンテナによる提供をGitHub上で開始した。 (https://github.com/SINDAN/sindan-docker) 本パッケージには、camp2003のハッカソンにて追加実装された収集データを可視化するGrafana も含んでいる。今後は、多くのネットワーク運用環境における試用を促進し、ネットワーク運用者視 点で必要な機能の拡充を進めていく予定である。 2.3. SINDAN Standalone WIDEプロジェクトによる「在宅オンライン活動の問題解決と快適化」提案に向けて、これまで開発 を進めてきたSINDANシステムを活用し、計測エージェントであるRaspberry Pi単体で動作させ る"SINDAN Standalone"モードの提案をおこなった。このSINDAN Standaloneでは、既存の 計測機能に加え、従来は外部に置いていたデータ蓄積機能、データ可視化機能もRaspberry Pi上 に備えることで、ユーザが家庭に本エージェントを置くだけで自動的にネットワークの品質情報を継 続的に測定・蓄積・可視化することを実現する。また、一般家庭での利用を想定し、簡単な初期設定 画面や、一般ユーザにわかりやすい形でのネットワーク上の問題点の提示手法も検討を進めた。 本提案は、iNonius Speedtestサイトを活用したスループット計測を活用した計測により、 iNoniusチームによる提案との連携が取られていた点が評価され、iNoniusチームと共にWIDEプ ロジェクトより最優秀アワードが授与された。今後も継続的に連携検討を進めることで、システムの ブラッシュアップおよび一般利用可能なシステムへの昇華を目指していく。 2.4. 多様なアプリケーション評価に対応した評価手法の研究 代表的なインターネットサービスであるWebサービスにおいて、利用プロトコル毎での評価手法の検 討を進めた。Googleにより提案されたHTTP/3は、UDP上に服装制御や再送処理を再実装した QUICを利用することで回線品質の悪いネットワークにおけるスループット向上を目指すプロトコル である。 そのため、高品質なネットワーク環境であると、HTTP/2よりも低い性能を示すことが知られてい る。そこで、利用者環境の計測情報を元に最適なプロトコル選択を可能とするべく、HTTP/2と HTTP/3の適用環境調査とネットワーク品質状況の関係を精査した。 スループットを固定した環境で、通信遅延とパケットロス率を変化させ、HTTP/2でのコンテンツロ ード時間 (load_HTTP/2) とHTTP/3でのコンテンツロード時間 (load_HTTP/3) をそれぞれ 計測した。評価方法としてHTTP/3の性能向上比を式(1)のように定義し、この値が正であれば HTTP/3優位、負であればHTTP/2優位と判断できる指標とした。  HTTP/3性能向上比 = (load_HTTP/2 − load_HTTP/3) / load_HTTP/3 (1) この指標が0となる箇所を閾値として、最適なプロトコルを提示可能であることを示し、広帯域な環 境においてHTTP/2優位な環境が拡大する傾向を確認した。加えて、600Mbps以上になるとほぼ変 化しないことも確認できた[1][2]。 2.5. 無線LAN環境計測に関する研究 COVID-19の影響により、大学での授業が遠隔・ハイブリッド・対面と多様化している。このよう に授業が多様化したことにより、1日の間に複数にタイプの授業が混在することとなり、学生がオン ライン授業を大学で受ける必要が出てきた。遠隔講義・ハイブリッド講義によりキャンパスに来る学 生数は減っており、また感染症対策のため教室定員を大幅に減らしてはいるが、それでも中・大教室 など、50人以上の規模で同時に遠隔講義を受講する状況が発生している。このように多数の学生が キャンパスネットワークを用いてオンライン講義を受講するにあたって、どの程度のネットワーク設 備があればそのような講義形態が可能であるかは自明ではない。そこで、最もボトルネックになると 想定されるユーザ端末の無線接続について、実際の教室を用いて多人数での同時オンライン講義の受 講が可能であるかの評価実験をおこなった。評価実験は実際にオンライン講義に使用する大教室を利 用し、80人定員の想定で80台のPCを配置した。それぞれの PC を無線LANで接続をし、全台で Zoomのオンライン講義を受講した際の動作について検証をおこなった。 検証はZoomの統計情報、無線LAN基地局の統計情報、およびそれぞれのZoom講義について被験者に よるUX試験をおこない、検証シナリオを無線LANの種別 (802.11ac/802.11n)、配信動画のビ ットレート、同一無線LANでの別の通信トラフィックの有無、同一チャネルの別無線LANでの別の通 信トラフィックの有無、基地局の台数などの要素について組み合わせたものをいくつか想定して実施 をおこなった。 検証の結果、以下の知見が得られた。 1) 大学の教室などで多人数の学生がオンライン講義を同時に受講する場合には、静止画スライドを 用いた標準的なZoom講義であれば、802.11nの接続であっても不満のない品質でオンライン講 義を実施することができる。 2) 今回の実験環境における無線基地局であるAruba AP-515では、1台の基地局で80台の端末を 収容した場合、基地局が2台に分散して収容した場合に比較してパケットロス率の増加は見られ たが、少なくとも 80人程度のZoomによるオンライン講義の受信をまかなうことは可能であ   り、また同じ程度の性能を持つエンタープライズ用途の無線基地局であれば、多人数のZoomオ   ンライン講義の受講が可能であると予想される。 3) 映像として高品質な動画を送る場合は、受講者の端末や環境、講義に参加したタイミング等によ り受信側の映像ビットレートにばらつきが生じる。 4) 講義のUX品質において、音声および映像のジッタの悪化が強い影響を及ぼす。 5) 同一の部屋内でモバイルWiFiルータなどの設備外の無線基地局を利用した場合、音声・映像ト   ラフィックのジッタに強い悪影響を与え結果として講義の体感的な品質も大きく低下する。 2.6. Cellular回線の計測手法の開発 SINDAN計測エージェントに対する新機能の一つとして、Cellular回線の計測手法の開発を進め た。本開発では、LTE (4G) 回線の計測に焦点を当て、計測手法の調査・開発をおこなった。これ までの計測ノードとして利用していたRaspberry Piに、LTEインターフェースとしてUSBドング ルタイプやGPIOタイプのものをそれぞれ利用し、計測手法をSINDAN計測エージェントに実装し公 開した。評価するネットワークとして、国立情報学研究所によるSINET広域データ収集基盤 (WADCI) を活用し、定常的な評価実験を開始した。なお、蓄積した計測データの分析は今後進め る予定としている。また、IPv4/IPv6デュアルスタック環境での評価ができていない点も今後の課 題としている。 2.7. 大規模ネットワーク環境下におけるSINDAN計測エージェントの管理手法の開発 SINDAN計測エージェントの管理手法の開発では、複数地点からのネットワーク品質評価を実現する ために、複数のSINDAN計測エージェントを統合管理するシステムを検討し、SINDAN managerの 実装を進めた。SINDAN managerでは、各計測エージェントの初期設定を支援し、死活監視および 設定項目 (計測対象、データ収集サーバなど)、測定ソフトウェアのバージョン等の一元管理をウェ ブインターフェースにて実現している。SINDAN計測エージェントの制御に関してはAPIキーによる 認証を導入し、100台超の規模の計測エージェント制御を実現している。 3. まとめ SINDANワーキンググループでは、学会等におけるイベントネットワークにおける評価実験を通し て、ユーザ視点における階層型ネットワーク計測の有効性を評価している。2020年は、SINDANシ ステムの実用化に向けた取り組みに焦点を当てた活動を進め、実用化に向けた課題の洗い出しと追加 実装による機能拡張をおこなった。今後も継続的にSINDANシステムの評価実験を進め、システムの ブラッシュアップを継続しつつ、利用者への効果的な結果提示手法を組み込んだクライアントアプリ ケーションの実現、および、実用的なネットワーク運用補助システムの実現を目指していく。 4. 発表論文 [1] 大橋 滉也, 北口 善明, 山岡 克式: ネットワーク環境に応じたHTTPバージョン選択による コンテンツロード時間削減, 情報処理学会研究報告, Vol.2019-IOT-48, No.23, pp.1-7, March 2020. [2] 大橋 滉也, 北口 善明, 山岡 克式: ネットワーク環境に応じた動的 HTTP バージョン選    択方式, 電子情報通信学会 2020年総合大会講演論文集, Vol.2020, No.B-7-37,    March 2020. [3] 石原 知洋, 四本 裕, 角野 浩史, 玉造 潤史, 中村 遼, 小川 剛史, 相田 仁, 工藤 知 宏: 教室でのオンライン講義受講のための無線接続環境評価, 情報処理学会 第13回インター ネットと運用技術シンポジウム (IOTS2020) 論文集, 2020, pp.85-92, December 2020.