プレスリリース
2008年8月1日
追悼:平原正樹氏
皆様
とても残念なことに、平原正樹君がご逝去されました。
平原正樹君には、WIDE創立時代のボードメンバーとして活躍いただきました。
特に、Jon Postelから受けた使命のうち、レジストリ関係の推進をしてもらうために九州大学から東京大学に移っていただきました。また、後にJPNICへむかうJNICなどの仕事をやり遂げられ、常に前を向いて挑戦する態度には、私も何度も驚かされたものです。アメリカでの修行の話が出たときには、私がEliseに依頼して、ミシガン大学にあったMeritに就職されました。母校の地である福岡に戻り、APANなどを通じた国際活動を担い、現在はNICTで未来へのネットワーク研究のリーダーを務められていました。
私にとっては、JUNET時代からの仲間であり、現在でも多くの課題を別の立場で共有している最初からの「戦友」でもあります。
平原君が九大の御大牛島先生や荒木先生の自慢のチルドレンだったように、自身もさらに大きな九大のコミュニティを含め、全国や世界に次々と強力な人材を生み出しています。
とんでもない人々が次々と逝ってしまうのは許せないが、残された我々は、平原君のような強いリーダがなにをやろうとしていたかをよく考えて、未来に取り組んでいきたい。
平原、そのとき言いたいことが有ればぜひ遠慮せず伝えてもらいたい。
心からご冥福をお祈りします。
村井純
WIDEプロジェクト
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平原 正樹(ひらばる まさき)
WIDEプロジェクト創立期(1991年から94年)のボードメンバー。
1960年北九州市生まれ。九州大学工学部情報工学科卒業後大学院卒、工学博士。
九州大学に勤務した後、東京大学大型計算機センター助教授、九州大学情報工学科助教授、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科助教授、ミシガン大学メリットネットワークアソシエートリサーチサイエンティスト、(財)九州システム情報技術研究所研究室長などを経て、独立行政法人情報通信研究機構グループリーダー。同機構の新世代ネットワーク研究開発戦略本部のプロジェクトマネージャーを兼ねる。
JUNETの初期からその運営に携わり、JPNICの設立に尽力した後、米国へ渡って4年間寒いミシガンで暮らす。帰国後、九州で活動した後、モバイルインターネットの可能性に早期から目をつけその事業化に携わる。その後NICTで新世代ネットワークの研究開発AKARIプロジェクトを始める。















