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Founder挨拶

WIDE プロジェクト ファウンダー
村井 純
 
WIDEプロジェクト代表 村井 純
 

WIDEプロジェクト2010
 2010年10月6日は今年のノーベル化学賞を受賞した北海道大学の鈴木章名誉教授と米パデュー大学の根岸英一特別教授のニュースで沸き返っていた。ノーベル賞の発表は午後6時で、たった一時間後の日本の午後7時のニュースでは、慌ただしい雰囲気で報道された。実はその時に私は不思議な連絡を受けた。10月7日の文学賞に続き、10月8日の日本時間午後6時には、ノーベル平和賞が発表されるので、午後7時のニュースのために待機しろということだった。下馬評としてノーベル平和賞は、中国の民主活動家、劉暁波氏が候補だということは知っていたので、この依頼は寝耳に水だった。ノーベル平和賞は、全世界的な平和に貢献した人や組織に与えられる賞であり、とりわけ近年は、戦争の終結、人権や環境に貢献していることが評価されることが受賞の理由となっている。劉暁波氏の受賞は、1991年の同賞をアウンサンスーチーさんが受賞したように、政治的人権論のメッセージだと思ったので、私が出る幕は無いだろうと思ったからだ。
 ノーベル賞の候補者は一般的に5 年間は公開されないということで候補者の「下馬評」が流通するのは平和賞だけだ。先程の連絡は、報道関係者からで、今年は237人の候補があり、その中にVint Cerf、Tim Berners-Lee、Larry Roberts、の3名の名前があると言う。3人ともWIDEのメンバーとも親交が長く、特に、VintはWIDEの10周年や20周年でも熱い祝辞をいただいている。いろいろ聞いてみると、「インターネット」が、一番目の候補者がなんらかの事情で受賞できなかった場合の次点の候補だということだった。
 もちろん、私はインターネットは人類を平和にする、という誰にも負けない自負と自信は持っているから、どんなインタビューでもどんとこい、というつもりで10月8日午後6時の発表を待った。そして、いよいよ6時のニュースは、なにごともなかったように、劉暁波氏の受賞を告げた。
 受賞のきっかけとなった「08憲章」は、2008年12月に中国立憲百年、「世界人権宣言」公布60周年などを機に氏がインターネット上で発表した憲章であり、賛同する者のインターネット上での署名運動でもある。歴史上のどの人権運動と比べても、ネット時代の新しい方法で人権運動をした、その行動が対象となったのは事実である。
 冴え渡る科学者の頭脳で作ったインターネットだから、科学賞だ、と前日まで(ジョーク半分だけど)いきまいていた当時を知るVintの仲間たちも、その日は素直に、そうしてできたグローバル社会の基盤があらゆる個人の声を共有するメディアとして使われていることを受け止めることにした。
 さて、他にも2010年度の歴史を彩ったインターネット関係の話題は多かった。ジャスミン革命も、ウィキリークスも、我が国の入試のカンニングも、このように構築されるインターネットを基盤とした情報社会の新しい機能による新しい現象ではある。

 WIDEプロジェクトを開始して四半世紀が経とうとしている。実験として始めた研究開発の成果は様々な経緯をもってこのようなグローバル情報社会の基盤として展開している。その構築に関わることは、明らかにWIDEプロジェクトのメンバーの役割であり、責任であり、そして、喜びである。
 新しいテクノロジーが、サイエンスとして新しく、エンジニアリングの視点で正しく、オペレーションとして安定しているか、という総合的な挑戦を繰り返し、そのシステムの確立を目指す、産官学のコンソーシアムは、規模において、経験において、グローバル社会でもWIDEをおいて他には存在しない。
 WIDEプロジェクトの活動は、新しい四半世紀を見据えて、しっかりとその役割を果たし続けたい。
 改めて長きに渡るご支援、ご理解、ご指導に心から感謝するとともに、今後のWIDEへの様々な意味での積極的な「参加」をお願いする。

2011年3月
村井 純

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