japaneseenglish

about wide

Founder挨拶

WIDE プロジェクト ファウンダー
村井 純
 
WIDEプロジェクト代表 村井 純
 

WIDEプロジェクト 2016

1985年、日本の大学間ネットワークをダイアルアップのUUCPで繋いでいた研究グループであるJUNETは、専用線での常時接続を前提としたネットワークの構築を議論していた。当時、私が勤めていた東京工業大学の研究室では、電子メールと電子ニュース技術のネットワークをすでに全国規模で運用しており、我々は2つの使命を持っていた。

1つは、これまでの間欠型の接続ではない常時接続型のネットワークを国内に設置することである。もう1つは、この常時接続型のネットワークが海外のネットワークとグローバルに相互接続を果たし、世界規模のネットワークとなることである。このネットワークの構築に関する議論において、2つの課題があった。1つは、プロトコルの標準化で、常時接続の中でBSD4.2に使われていた通信プロトコルであるTCP/IPを使うのか、新しい通信プロトコルへの挑戦を続けていくのかを判断する必要があったことである。もう1つは、JUNETで培った日本語ベースの電子メールの規格、つまり当時の日本語の処理を含んだ多言語環境を、どうやって世界的な標準として発展させていくのかを検討することであった。

WIDEプロジェクトとして開始した新しい研究グループの最大の問題は、ダイアルアップで電話回線の上にデジタルデータを載せていたJUNETに比べて、常時接続型のネットワークは9.6Kの専用線あるいは、64Kの専用線を用いておこなうため、莫大な費用が掛かることである。それに加えて国際通信の費用を考えると、とても実現できる夢ではないように思われていた。初期スポンサーの「割り勘」としてスポンサーとの協働で開始したWIDEプロジェクトの活動はこうしてスタートを切ることができた。

やがてその研究グループは、その名称を決めることになった。当時グループの全ての研究者はUNIXオタクであり、かつ全てのメンバーは既存概念への反骨心の塊であった。これを背景として、研究会の名称決定議論が続けられた。我々が愛してやまなかったBSDのUNIXは、カリフォルニア大学バークレー校が、当時電話会社の権威と思われていたUNIXを大学レベルで発展させ、TCP/IPを搭載して世界に広げていた。その権威の象徴がAT&TのSystem Vであり、大学ではこれに対抗してBSD4.2を作った。System Vが権威の象徴、BSD4.2は自由の象徴であった。1番最初は橘浩志氏(橘フォント作成者)の発案により、vinousという名前の研究会にすることが決まっていた。

これは、”V is not our system”という過激な意味が込められた名前であったため、「敵」を攻撃するような名前にするのはやめようという話になった。そこで、System Vの「V」を2つ重ねた、つまり、Vよりはるかに良い、というビジョンを込めて、「W」から始まる言葉を研究会名にしようという議論がおこなわれた。さらに、研究会として、広域分散システムのOSがつくりたいという思いから、System Vの権威主義から逃れる意味を込めて「W」を使った「WIDE(Widely Integrated Distributed Environment)」という名前がつけられた。

研究グループの名前が決まった後に、研究会のロゴ制作を行うことになった。WIDEのロゴの作成を依頼した松原健氏は、Bloomingdale'sのデザイナーであり、アメリカで活躍するトップ工業デザイナーであった。彼には、日本初・世界に通用する・知性を示すという意味合いを込めて依頼し、現在も使われているWIDEのロゴが誕生した。これは後に同じく松原氏に依頼した株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)のロゴの源流ともなっている。

さて、2016年度は、私にとってはG7への挑戦で始まった。G7に先立つ4月末に開催された情報通信大臣会合のコーディネーションが私のミッションであった。G7は政府レベルの会合であるが、ICTに関するミーティングはマルチステークホルダーによる議論の場である。2016年はアメリカにおける契約に基づいて運用されていたインターネットのいくつかのルールの期限が切れるタイミングであり、この議論をおこなうために、ISOCの議長であるKathy Brownを招聘した。また、アメリカと日本が2000年まで牽引してきたインターネットの利用者増加の推移は、中国やインドなどの新興国の台頭に伴い人口比率に即したバランスが求められるようになった。インターネットのガバナンスにおける各国のバランスが大きく変わる中で、これまでインターネットに責任を持ってきた同胞的なインターネット先進国の役割の転換期となったことである。

さらに3つ目は、WIDEプロジェクトの起源とも言えるノンプロフィットの研究教育ネットワークに対する変化である。インターネットの成功と普及の結果、特に東南アジアの発展途上国では、国の支援が得られない、つまり商業ネットワークがあるために大学や研究機関のサポートなしでインターネットへの接続が可能な状況へのシフトが進んだ。私のアジェンダは、G7+1においてすべての発展途上国に対し、経済先進国がNRENのサポートを依頼するということであった。

こうして幕が開いた2016年は、これまでWIDEが推進してきたIoTが大きなうねりを生じており、先端的な役割を担ってきたWIDEの責任は当然大きい。結果として、基本法の設立をはじめ、総務省と経済産業省が連携して推進するIoT推進コンソーシアムの舵取りや、オープンデータやビックデータ、AIなどに関する研究開発、政策の推進の役割を担うことになった。

また、サイバーセキュリティの課題に対する関心は、年金システムの個人情報漏洩を機に大きな関心を集めた。IoTやビックデータなどによるインターネットの新しい期待とともに、サイバーセキュリティへの関心が大きくなった。サイバーセキュリティに対するWIDEプロジェクトの対応も故・山口英のリーダーシップにより先頭的に取り組んでいた背景もあり、彼の跡を継いだ多くのNAISTの弟子達のうちの一人、門林雄基はサイバーレジリエンス構成学研究室の中心的な役割を担うなど、WIDEプロジェクトの多くの活動は、サイバーセキュリティに関する産官学の連携を担う役割を果たしている。

2016年の夏には、WIDEプロジェクトで活躍をした卒業生を含めたメンバーによって開発が進められた「Pokémon GO」の全世界的な流行があり、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを担う日本のチームがリオオリンピック・パラリンピックを機に構成され、その本格的な体制を作るなど、社会の中でデジタル技術やインターネットを前提にした未来に対する挑戦が始まっている。インターネットが世界をつなぐグローバルなサイバー空間の基盤であることを考えると、そのリーダーであったアメリカでの大統領交代や、イギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国での変化を踏まえ、グローバルな空間での発展に対する大きな責任もWIDEプロジェクトは担わなければいけない。

こうした30年を通して発展してきたWIDEプロジェクトは、現在40年の年齢の幅を持つインターネット社会の専門集団となった。WIDEプロジェクトが研究活動を続けてこられたことは、スポンサーの皆様、メンバーの情熱と力によるものである。心から感謝するとともに、この大きな使命を目前に新しい力を結集することを約束して、ファウンダーとしての挨拶とする。

2017年3月
村井 純

  • NSPIXPリンク
  • SOIリンク
  • AIIIリンク
WIDE賞