Title: Medicri WGの2016年度活動 Author(s): 奥村 貴史 (taka@wide.ad.jp) 前田 貴匡 (wilodp32@gmail.com) 中河 清博 (gacha@wide.ad.jp) Date: 2016-12-15 * はじめに 社会の高齢化による医療需要の増大により、我が国の医療費が40兆円を超えた。 深刻な財政難にある我が国において、国民皆保険制度を維持するためには、医療 費の抑制は避けることが出来ない。一方で、社会は医療に対して、高い専門性や 良い医療サービスを継続的に求めている。医療過誤等においては、限られた人材 や医療費の制約のなかで医学的にベストを尽くした医療従事者に対しても多くの 社会的非難が向けられる。このように、医療に求められるコストを社会が負担し ないまま、医療に高いサービス水準を要求することで、医療従事者の労働環境は 悪化を続けていると考えられる。 情報技術は、本来、そのような苦境に喘ぐ医療現場の負担軽減に寄与すべきで ある。しかしながら、国が進める医療の情報化政策は、医療現場の負担軽減に 繋がらないばかりか、情報システムへの情報入力の増大等を通じて医療現場の 負担を逆に押し上げる結果を招いてきた。Medical Crisisワーキンググループは、 こうした医療における危機的状況に対する情報技術の貢献について検討するた めに、2010年4月に設立された。 7年目となる今年度は、i) 情報処理推進機構「未踏IT人材発掘・育成事業」の 関係者により設立された一般社団法人未踏におけるMedical crisis研究会の立ち 上げ、ii) 未踏事業を通じた開発者コミュニティに対する医療用情報技術の課題と 解決策に関する情報提供、iii) 医療現場への負担が一層増大する災害への対応 として、熊本地震対応を通じた災害情報系研究活動、iv) 政府による新型インフル エンザ対策への支援、v) 地域医療の情報化に向けた研修に関連する調査を行っ た。以下、各々について概要を記す。 * Medical Crisis研究会 医療崩壊の背景にある医療従事者の勤務を改善していく上で、医療用情報シ ステムの品質向上は欠かすことが出来ない。そのためには、医療と情報の双 方に通じた人材の育成が求められるが、わが国には医療の情報化における研 究開発を担う人材育成の枠組みがほとんどない。そこで、WIDE研究会やWIDE 合宿の機会を活用し、情報系人材に対する医学教育の取り組みを進めてきた。 しかし、WIDEに参加する若手人材が減少するなか、WIDEに閉じた形でこう した企画を進めることは非効率であった。そこで、情報処理推進機構による 「未踏IT人材発掘・育成事業」に協力すると共に、関係者により設立された 一般社団法人未踏においてMedical Crisis研究会の立ち上げを行った。今後、 未踏事業における各種イベント時の広報活動に加えて、研究会の独自企画を 進めることで協力者の拡大を図りたい。 * 医療用情報技術の課題と解決策に関する情報提供 情報システムの開発者の中には、医療に興味をもつ方が少なからずおられる。 しかし、医療用情報技術の理解には、情報技術に対する理解に加えて、臨床 医学や医療に関する知識が求められることからハードルが高い。そのために、 医療現場に生じている情報技術上の課題自体が開発者の側と共有されず、 問題解決の障害となって来た。そこで、未踏におけるMedical Crisis研究会 を通じて、医療現場に生じている情報技術上の課題の解説とその解決提案を 文書として公開する試みを開始した。第一弾として、「医療現場における内服 薬にまつわる課題の解決」と題した文書の公開に向け作業を進めている。この 文書では、「外来における内服薬のチェックとカルテ記載の非効率性」を取り 上げ、OCR技術により効率化を図りうる点について解説した。今後、第2弾、 第3弾と継続することにより、医療問題に取り組む情報系技術者の支援に繋げ たい。 * 熊本地震対応を通じた災害情報系研究活動 本WGでは、医療現場における危機的状況への対応に加えて、現場への負担が 一層増大する災害時への貢献も進めて来た。その一環として、2016年4月生じ た熊本地震において、アドホックに開発・利用された情報システムのリスト化 について協力を行った。この調査は、2011年の東日本大震災において生じた 災害対応システムの超短期開発の5年後のフォローアップ調査を兼ねたもので、 災害後に開発されるシステムの半分以上が5年間のうちに利用できない状態と なること、5年を経ても利用できるシステムの特徴等の知見を得た。こうした 情報は、WIDE研究会等を通じてWIDE内で共有するだけでなく、IEEE Global Humanitarian Technology Conference (GHTC2016)等での発表に加えて、内閣府 への提供などに役立てている。今後、災害対応に当たる情報系ボランティアの 間で共有されていくことを願っている。 * 政府による新型インフルエンザ対策への支援 危機管理対応としては、熊本地震対策に加えて、以前より継続している保健医 療福祉行政への支援活動を今年度も継続して行った。行政においては、行政改 革による定員の継続的な削減と非効率な業務慣行により、慢性的な人員不足に 陥っている。その結果、災害やパンデミック時に効率的な対応を実現すること が困難となる懸念がある。そこで、以前より行政における技術支援を行って来 たが、今年度は、新型インフルエンザ対策の一環として進められている、国内 の患者発生早期における症例情報集約体制の検討に向けた患者発生シミュレー ションに協力した。 * 地域医療の情報化に向けた研修に関連する調査 国立保健医療科学院において、「地域医療の情報化コーディネータ育成研修」 という地域医療の情報化に向けた人材育成を進めて来た。これは、医療の情報 化の鍵となる地方自治体の行政官を主な対象とした研修で、今年までに220名 ほどの修了生を送り出してきた。そのために、例年、都道府県や政令市・中核 市などの地方自治体に加えて、全国の500件を超える保健所と地方衛生研究所、 主要な自治体病院等に研修案内を送って来たが、より人材面での制約が強い 小規模自治体に研修の案内が届いていない懸念が生じていた。そこで、国内の 全ての地方自治体に対して、研修案内を直接郵送する方針となった。 しかし、地方自治体に対して一律に研修案内を送付しても、医療の情報化を所 管する部局に届かない限り広報効果が望めない。そこで、日本の全地方自治体 において医療の情報化を所管する部署の網羅的なリストの作成を目指した。その ために、WIDEメンバー全員に依頼をおこない、全自治体のホームページから 担当課情報を目視確認しリストに追記する作業を行った。 * おわりに WG設立から、今年度で7年目の年度となった。医療の適切な情報化に向けては、 国内に人材が欠如しており、また、政策の評価体制が整っていないことで、政策 としての失敗が続いてきた。この問題に対して、WG活動を通じた貢献を模索し てきたが、メンバー数的な制約と活動予算面での制約が大きく、限界があった。 とりわけ、WIDE全体において新規の加入や合宿参加者の減少傾向があることか ら、WG単独での努力には限界がある。そこで今年度から、IPAの未踏等、若い 人材が継続的に参加するコミュニティとの接続を試みた。今後、問題意識を 共有するコミュニティを広げることで、活動の拡大を図りたい。