Title: Medicri WGの2012年度活動概要 Author(s): 奥村 貴史 (taka@wide.ad.jp) 前田 貴匡 (g48033@nda.ac.jp) 中河 清博 (gacha@wide.ad.jp) Date: 2012-12-15 * はじめに Medicri (Medical Crisis) WGは、2010年4月より活動している、医療崩壊問題 や災害医療に対する情報技術の寄与について検討するワーキンググループであ る。昨年度は、3月に生じた東日本大震災への対応を中心とした活動を行う形 となったが、今年度は、災害対応も落ち着き、医療崩壊問題への取り組みを中 心的に行った。 まず、医療崩壊の背景にある医療従事者の労働環境を改善するために、医療用 情報システムの品質向上を目指した情報系人材に対する医学教育を継続した。 とりわけ、今年度は、「医療用情報システムの技術革新に向けた人材育成企画」 と称した全10回のワークショップも開催し、医療の適切な情報化を支える人材 の育成に励んだ。また、本WGの設立趣意書にも記載されている現場の医療従事 者からのフィードバック取得に向けて調査を行うと共に具体的な準備を進めた。 これらの活動に加えて、昨年度より続けている震災への対応として、保健医療 行政内における情報共有の改善に向けて、「震災対応にあたる保健医療系行政 官のための情報共有実験サイト」への技術支援を行うと共に、国立保健医療科 学院内に構築したWIDEクラウド拠点である科学院クラウドの運用ならびにシス テム増強を行った。また、厚生労働省が保有する災害対応用システムについて、 WIDEクラウドでのホスティングについて調整を行った。 本稿では、これらのWG活動について概説し、次年度以降への展望を記す。 * 人材育成 わが国には、医療や情報の両者を修めた人材が極めて限られており、そのため に現在の医療用情報システムや医療の情報化政策も低い水準に留まっている。 その結果、医療従事者の勤務負担が高まり、医療崩壊の遠因ともなっている。 そこで我々は、2009年5月のWIDE研究会より、情報系学生や研究者の医学知識向 上に向けた講義「情報系学生のための医学概論」を継続的に実施してきた。今 年度も、春合宿、秋合宿において、それぞれ「医療用機器のヒューマンインター フェース」、「情報系学生のための災害医療」についての講義を行った。 ただし、これらの試みはあくまで小規模なパイロットスタディであり、実効性 を持たせるためには、より組織的な人材教育に繋げていく必要がある。そこで 今年度は、これらの講義を発展させた形で、WIDE内部で情報技術の医療応用に 興味を有した方々を対象としたワークショップ、「医療用情報システムの技術 革新に向けた人材育成企画」を、全10回開催、定員20名にて開催した。 ワークショップでは、前半1時間を医療の情報化に関する講義として、具体的 な医療用情報技術から、医学、医療、保健医療分野の情報政策など幅広いテー マを扱った。また、後半1時間は、演習枠として、医療用情報システムに関す る技術面、医学面、医療制度面、医療社会学の観点から解説を加え、現状の問 題点と改善策に関する討議やグループワークを行った。 * 医療従事者フィードバック WGのテーマである医療崩壊問題に関しては、我が国においては保健医療分野に おける権限を行政に集中させてあるために、突き詰めていくといかに医療政策 を改善していくかという点に集約される。この点は、インターネット技術が利 用者や市場によって発展、普及してきた歴史と大きく異なっており、保健医療 分野における情報技術の利用に際しても、権限を有した保健医療行政における 情報政策の意思決定をいかに改善していくかが本質的な課題となる。 しかしながら、現在の保健医療行政における情報政策は、医療と情報の双方を 理解する人材が不足していることからも質が低く、医療の情報化も医療現場に 一方的な負担が押し付けられる形での施策となりがちであった。そこで、本WG では、医療従事者からのフィードバックを効率的に収集し、医療を支える現場 の医療従事者の視点や意見を医療の情報化政策に適切に反映させるための仕組 みの検討を進めてきた。 今年度は、来るべきフィードバック機構の構築に向けて、関連技術の調査と実 現に向けた準備を進めた。具体的には、多数の医療従事者による利用が見込ま れ、また、多くのフィードバックが期待できる「診断支援システム」をインター ネット上に公開し、WGとしてそのユーザーグループを運営するという手法につ いて検討を行った。 * 災害への対応 本WGのもう一つのミッションである災害医療への貢献として、我々は、保健医 療行政における危機管理用情報システムに対する技術支援を行っている。具体 的には、2011年の東日本大震災後に生じた各種の情報共有上の問題への対応と して、震災対応にあたる保健医療系行政を支援するための情報共有システムを 運用するインフラであるi-Crisis(https://i-crisis.niph.go.jp)を開発し、ま た、効率的な情報収集に役立つFaxOCRシステムの開発に協力を行っている。 今年度は、こうした緊急時用システムをより効果的に利用するために、情報シ ステムの日常的な活用を目指して、「かんたんクラウド」や「かんたんファイ ル共有」等ほぼ同一のサービスから構成されるhttps://cloud.niph.go.jp/を 構築運用している。また、WIDEクラウドの国立保健医療科学院ノード群の増強 と運用支援、さらに、厚労省の保有する災害対応用システムのWIDEクラウド上 への展開に向けた折衝と技術面での調整を行った。 * おわりに Medical Crisis WGは、医療崩壊問題や災害医療に対して情報技術が果たしうる 貢献についての検討を行うWGである。WG設立3年目となる今年度は、医療の情報 化を担う人材育成を中心に、従来より継続している災害支援を行った。また、 来年度以降の展開に向けたフィードバック機構の準備に加えて、2012年冬研究会 BoFでは、医療用情報システムの柔軟性を損ねる最大の原因である情報セキュリ ティについて、オールWIDE体制で研究を進めていくためのブレーンストーミング を試みた。 このように、我々は、医療崩壊問題の軽減に向け、保健医療行政の支援や人材育 成に対して地道に活動実績を積み重ねて来た。しかしながら、研究活動の遂行に おいては、人材の少なさからくる制約が少なくない。そこで、今後は、WG活動の 広報も充実させることで、より多くのWIDEメンバーや学生からの認知と支援を頂 きながら進められるよう努力したい。